研究助成プログラム

助成研究者インタビュー

超高齢社会において認知症対策は喫緊の課題である

タカタ財団・2017年度研究助成の対象テーマ
「軽度認知症患者および認知症患者の運転技術についての研究」
この研究の概容について、木下彩栄氏に語っていただきました。

木下

認知機能が低下した人の自動車運転と社会安全について未解決の問題が多い

―先ず、軽度認知症患者及び認知症患者の運転技術に関する研究に取り組まれるようになったきっかけからお教えください。

 近年、認知症がとても世間で注目されるようになりました。我が国では現在550万人位の認知症患者さんがいると言われていますが、2025年になると『団塊の世代』が一気に後期高齢者、いわゆる75歳以上に突入しますので、認知症患者も700万人くらいになるのではないかと言われています。

 私は、以前から認知症の研究をしておりましたし、京都大学病院の「物忘れ外来」も担当しておりましたので、様々な認知機能の低下に伴う社会的な問題があるなと思っていました。

 特に最近非常に気になっているのが、高度に発達したこの現代社会の生活に必要なツールのことです。我々は様々な機器を使わないと生きて行けないような社会におります。何をするにも機器を使って動くということになっています。

 家に帰ると照明をつけ、エアコン、炊飯器、電子レンジ等々、全て家電製品をうまく使うことで生活が成り立っています。

 同様に自動車もです。都会ではいろいろな交通機関が発達していますが、昨今、都会から一歩出ると公共交通機関も非常に縮小されていると聞いております。ですので、一部の都会を除いて、皆さん自動車運転は必須であるとおっしゃっています。

 運転される方も非常に高齢化が進んでおりますので、高齢者の運転、特に認知機能の低下した方の運転が非常に問題になりつつあると以前から思っていました。

 そういった矢先に神奈川県で非常に悲惨な事故がありました。88歳の方が24時間中、車を運転しながら徘徊して子供さんを轢いてしまったという事故です。

 後に加害者は認知症であることが分ったのですが、結局その事故の発生時点では認知症の診断もついておらず、又、家族の方も気が付いていなかったということが後から分かりました。

 本人も何処を運転していたのか分からず、人に助けを求めるべきだということも分からないままに、ずっと運転をし続けて、
結局、小学校の通学路を暴走したあげく、小1の児童が亡くなってしまったのです。

 それ以来、認知症の方や高齢者の事故が相次いで報道されるようになりましたし、実際に平成29年3月に道路交通法が改正になりました。それ以降、免許の更新時に認知機能に問題ありと言われた方は病院等で診察を受けて、診断書を医師に記載してもらわないといけない状況になってきております。

 ですので、認知機能と運転というのは重要・喫緊な課題ではないかなと思って研究助成を申請させていただきました。

―交通問題とリンクさせて研究してみようと思われたのは自然な成り行きだったのですか。

 交通事故関連で、たまたま印象に残る患者さんがおられました。その方は、軽度認知障害いわゆる認知症の前段階のような状態でした。ただし、物忘れはかなり進行しており5・10分前の記憶が定かではないという方ですが、日常生活は問題なく過ごし、普通に運転も出来ていました。60歳代後半の方です。ある時スーパーへ出かけられて駐車場で接触事故を起こしたんですね。

 その方は近時記憶障害があるために、本人がどういう状況で相手の車に接触したのか、相手とどういう状況であったのか直ぐ忘れてしまったのです。事故の調査の時に、相手の言うことに反論すらできず、非常に混乱されたということを後から家族の方に聞きました。以後、その方は怖くなってクルマに乗れなくなってしまったんですね。

 やはり認知機能が低下してくると、運転に限りませんが、いろいろなところで問題が出てきます。運転の場合は人に危害を及ぼす可能性があるという、自分だけですまないというところがあるので社会問題になりうる事かと思います。

―そういったことで交通問題の研究に取り組まれてきたわけですね。

 交通問題に特化してというよりは、家電を使った生活に興味がありました。ADLという言葉、「日常生活活動」と日本語で言いますが、そのもう少し高次な能力を、道具を使って社会生活を送れるかどうかという能力、IADL(Instrumental ADL)、つまり手段的ADLといいます。認知症患者のIADLに興味を持つ中で、運転能力にも興味を持つようになりました。

 ADLというのは基本的な生活動作ですので、服を着たりとか、入浴、食事といった能力を指すのですが、IADLはそれよりも一段階高度なことを指します。つまり、銀行からお金を引き出したり、買い物をしたり、クルマの運転もそこに入るのですが、認知症の初期段階では先ずIADLが低下し、社会的な行動に支障が出ます。

 認知症も中期段階になるとADLが障害されるようになりますが、先ずはIADLが低下するということに注目した状況の中で、運転技術と認知症の関連について研究したいと考えるようになりました。

―これは長期的な研究になるのではないでしょうか。

 そうですね。これまでは運転免許と疾患と言いますと若い方の高次脳機能障害の研究が非常に進んでいました。高次脳機能障害というのは、交通事故の交通外傷の後やクモ膜下出血の脳損傷による後遺症などで見られる脳の障害ですが、そういう方がいかにして運転免許を取得して社会復帰するかという点に関して主に作業療法の分野から非常に研究が進んでいたという状況です。

 それは何故かというと、これまでは若い方が運転されるという前提があったと思うんですね。ところが実際はそうではなくて、高齢化社会では若い人よりは高齢者が運転せざるを得ない状況になっているように感じます。若い方は公共交通機関を使って通勤したり買い物に行くことに不自由はないと思いますが、高齢になると買い物一つとっても車がないと不便で、車が手放せないのは高齢者の方なんですね。

 特に今の高齢者の方というのは、若い頃に高度成長時代を過ごしたということもあり、車に対する執着もあるために、車の免許を取り上げるというのはなかなか難しい場合もあります。そういう意味で、超高齢者社会では高齢者の運転免許所持がこれまで以上に重要な課題になってきているなと感じています。

 こういった状況の中で、『日本作業療法学会』が運転免許とその認知機能に関して、すごく熱心に取り組み始めています。
最近の「日本作業療法士協会誌」に特集号が出ており、そこに「運転と作業療法」という記事が掲載されています(http://www.jaot.or.jp/)。

 作業療法士というのは、患者さんの日常生活のいろいろな動作を分析してサポートする職業の専門職ですが、そこで作業療法士学会をあげてこういった運転の問題に取り組んでいきたいと提言されています。

 平成29年11月の認知症学会で作業療法士の先生が講演されていたのを私も拝聴しました。認知機能が低下している方の運転免許に対する支援という点で、ドライブレコーダを使って実車での運転能力を評価したり、さまざまな運転能力を調べたり、そういうことも含めて「運転免許外来」を始めたとの報告もありました。今後いろいろな病院で「運転免許外来」が広がってくる可能性があると思います。

 今回の研究で、認知症の方の細かい認知機能と運転能力(技術)との相関を見つけてエビデンス(医学においては、その治療法が選択されることの科学的根拠、臨床的な裏づけをいう)を構築することで作業療法士の先生への参考になるかなと思っています。

―ということであれば、先生のような研究は今まで無かったということですね。

 はい、少なくても認知症については、私は日本では殆ど見つけることが出来ませんでした。殆どが交通事故外傷を負った若い人の高次脳機能障害と運転免許という取り組みがメインで、専門家を含めて高齢者が運転するというところに視点がいかなかったのだろうと思っています。

―本研究の成果は、どのような形で社会に寄与していくべきとお考えでしょうか。

 今後は、一般的な認知機能検査として用いられるMMSE( Mini-Mental State Examination )、HDS-R( Revised version of Hasegawa's Dementia Scale )と運転技術との相関性、及び認知機能の中のサブ解析(見当識、近時記憶、空間認知、言語など)と運転技術との相関性を見て行きたいなと思っています。

 また、認知症の中でも、アルツハイマー病やレビー小体型認知症といったサブタイプにより、どのように運転技術の低下がみられるのかを検討し、高齢者や認知症になった時に運転能力に対する影響を解明し、社会に貢献したいと考えています。                                                                                    

『軽度認知症患者および認知症患者の運転技術についての研究』概要

【研究代表者】
京都大学 医学部 人間健康科学科 教授
木下彩栄

 京大病院の物忘れ外来に通院する軽度認知症患者、認知症患者を研究にリクルートする。神経心理検査を施行し、認知機能と運転技術の相関について検討し、以下の点について解明する。
(1)一般的なスクリーニングで用いられるMMSE、 HDS-Rと運転技術との相関性
(2)認知機能の中のサブ解析(見当識、近時記憶、空間認知、言語など)と運転技術との相関性
(3)以上より、認知機能低下がどのテストに最も反映されるかを明らかにする
(4)通常使用されるMMSE、 HDS-Rが運転技術に反映されるか
(5)認知症のサブタイプ(アルツハイマー病、脳血管性、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症など)により運転技術のどの部分が早期から障害されるかを検討し、平成29年3月より施行された「高齢運転者に対する交通安全対策の規定」の際に、認知症専門医が運転技術について相談を受けた時に判断できるような参考資料を作成する。

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