研究助成プログラム

助成研究者インタビュー

地域の安全教育プログラムを作り、いい街づくりの実現に貢献します。

タカタ財団・2016年度研究助成の対象テーマ
「住宅地の土地利用変化を考慮した高齢者と子育て世代の親和性を高める持続的安全交通施策に関する研究」
この研究の概要について、鈴木美緒氏に語っていただきました。

鈴木先生

目指すは地域の安全な交通文化の醸成

―先ず、先生が交通問題に関する研究を始めた経緯からお教えください。

 私は元々慶應義塾大学大学院で計測工学を専攻していたのですが、その後、東京工業大学大学院のより良い街づくりを研究する人間環境システム専攻 に進みまして、そこから自転車を中心とした交通工学、交通計画の研究に取り組むようになりました。

 今でこそ、自転車はある程度の取り締まり がかけられるようになっています。しかし当時、10年ほど前は、自転車は歩道を自由に走り回る非常に危険な存在でした。
今でも危険な存在であり続けていることに変わりはないのですが、当時は、とにかく野放図といっていいほどの走りっぷりで、危険度は極めて高いものとなっていたのです。

 それで私は、より良い街づくりのためには、この自転車の走行に対してなんらかの対策を講じる必要があるだろうと考え、自転車に着目した 交通の研究を始めることを決めたのです。
ちょうどその頃、自転車専用レーンを作ろうという動きが出始めていて、自転車走行空間のデザインの必要性が出てきたことも、決意を後押しする要因となりました。

―今回の「住宅地の土地利用変化を考慮した高齢者と子育て世代の親和性を高める持続的安全交通施策に関する研究」も、その自転車を中心とした交通工学、交通計画の研究の延長線上にあるものだと思いますが、研究を始めるきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

 実は、この研究は、2年前に、ある保育園の事業者から相談を受けたことがきっかけで始まりました。その事業者は、東京の世田谷区の住宅地に保育園を作るにあたってお母さん方の子供乗せ自転車の交通安全対策について専門家としてアドバイスが欲しいと言われまして、私はそれに気軽に応じたのです。

 その時点では研究にするつもりは全くなく、普通にお母さん方の交通安全に役立つ助言ができれば良いなぐらいに考えていました。
 ところが、ある日、その保育園が建つ予定の地域の住民が主催する住環境協議会での保育園建設検討会に出席したところ、かなりの反対ムードが溢れていて、その反対要因としてお母さん方の子供乗せ自転車が増えるということが想像以上に大きなものになっていることに気づかされました。

 そして、その地元の人たちは高齢の方が多く、保育園近辺を歩行する際の危険はもちろん、自分たちがクルマを運転する時に、自転車への加害者になることを極度に恐れていることなども分かってきました。つまり、保育園に通うお母さん方の子供乗せ自転車の安全走行の促進だけでなく、地元住民方々の日常交通についての安全意識や行動も同時に促さないと、保育園が出来た後の地域の交通安全は実現できないということが判明したのです。

 こうなると、一時的な相談アドバイスで済ますわけにはいきません。地域ぐるみの総合的な安全教育プログラムを作り、それを地域にしっかり根付かせることが非常に重要になってきます。ということで、私は気持ちを切り替え、この案件そのものを自分が専門としている交通工学、交通計画の研究として取り組むことにしたのです。

―交通工学、交通計画の研究として取り組むというのは、具体的にどのようなことをいうのでしょうか?

 例えば、保育園が建つ周辺の危険と思われる箇所を特定し、そこでの自転車ならびにクルマの安全な通行や守るべき挙動・スピードなどを解き明かし、安全な推奨ルートを設定するなどの比較的短期的な対策を講じるのは、交通工学的ということになります。

 一方の交通計画というのは、交通工学的な知見を元にして導き出す長期的な交通施策のようなもので、今回の研究でいうならば安全教育プログラムの設定ということになります。

 ちなみに、この安全教育プログラム設定は、何も一冊のルール本を作ろうということではありません。保育園に子供を送るお母さん方、住んでいる住民の方々が常々意識し、遵守すべき交通規範を確立し、その普遍化を図っていくということです。究極的なことをいえば、それが代々受け継がれていき、その地域独自の安全な交通文化が醸成されていけば何よりだと考えているのです。

自転車も高齢ドライバーも一旦停止を軽視

―では、3年計画で行われている研究の概要をご紹介ください。

 現在(2016年12月現在)行っている1年目の研究内容は、交通安全プログラム設定のための調査・分析が主なものとなっており、以下のようになっています。
 
① 保育園建設に対する各ステークホルダーの見解の相違と交通問題認識の相違の関連性把握

② 子供乗せ自転車と、高齢ドライバーによる自動車の挙動分析による生活道路での危険事象の把握

③ 各ステークホルダー間の親和性を高めるためのキーワード抽出に向けたアンケート、ヒアリング調査準備

④ 交通問題を話し合うワークショップ実施とその効果

⑤ 高齢者の日常運転挙動取得のための準備(被験者集め)

 夫々から分かってきたことはいろいろとあります。

 例えば②における子供乗せ自転車の調査では、先ず、保育園に通うお母さん方の子供乗せ自転車の事象を観察(保育園の開園が2017年の4月になるため他の地域で開園している保育園に通う子供乗せ自転車を観察)したのですが、その多くが電動アシスト自転車で、かなり速度が高い状態で走っていることが分かりました。

 そして、それにも関わらず、保育園近傍の無信号交差点において一旦停止をしない、大回りをして曲がるために左折時は逆走、右折時は2段階ではなく直接曲がる挙動を全ての自転車が行なっていることが観測されました。

 事故統計からは高齢ドライバーの一時不停止による事故が多いと言われていることから、事故統計で細街路での出会い頭事故が多いことが分かっているにも関わらず、研究で対象とする主体=お母さん方と高齢ドライバーらはいずれも一旦停止を軽視している傾向があることが判明したのです。このような傾向が対象地域でも起きているかどうかを確認し、それを認識してもらう必要があります。

 保育園が建ち、お母さん方の自転車が増えた時に、こうした傾向が非常に危険な状況を呼び込むものになるのは間違いありません。その為、それを防止する方策を、作成を進めている安全教育プログラムに落とし込んでいます。
―既に、1年目から交通安全プログラムの作成を進められているのですね?

 はい、前述の保育園が2017年の4月に開園するので、それまでにお母さん方、地元の高齢ドライバーの皆さんにレクチャーが行えるようにしておく必要があるからです。ただ、その時点で完全なプログラムができているわけではありません。あくまで暫定的なプログラムです。

―プログラムは完成は、いつごろになるのでしょう。

 完成までにはおそらく数年はかかると思っています。
 その為、2年目、3年目の研究では、レクチャーしていく安全教育プログラムの効果を定期的に観測・分析し、随時、実態に合った改善を加え、完成に近づけていく作業を主にやっていくことになります。

―ちなみに、安全教育プログラムのレクチャーは先生ご自身がやられるのですか?

 保育園でのお母さん方への交通安全講習会と、地元の高齢ドライバーの皆さんへの安全指導では、どれも最初のうちは私自身がレクチャーを行う予定です 。しかし、継続的に開くことになるお母さん方への交通安全のためのワークショップ等においては、地元の住民の方々に講師役をお願いしていくつもりでいます。これは既にテスト的に実施していて、それなりに良い効果があるという感触を掴んでいます。

ワークショップ

 やはり、住民の方々は地域の道路状況を熟知しているので、より実践的な指導ができます。
それに、これから同じ地域で顔を合わせる仲となるわけですが、ワークショップで直接お互いのことをよく知ることになれば、より良い関係性の構築が期待できます。すなわち、交通上の譲り合いの精神が発揮される等、地域のより良い交通文化の醸成に役立つだろうと思っているのです。

他者への配慮、譲り合いの交通文化を全国に

―この研究は、保育園の待機児童、自転車の安全、高齢ドライバーの安全という、近年、日本のいたるところで問題になっている事柄を扱っています。現在は東京世田谷区のある地域だけを対象とした研究になっていますが、将来的に、広くどの地域でも援用できるようにすることを考えていますか?

 この研究のベースには、「交通を軸とした良い街づくり=他者への配慮、譲り合いの交通文化がある街づくり」という普遍的なテーマが横たわっています。ですから、今回で一つの良いモデルが出来上がれば、それはどこの地域でも援用できるようになるであろうと考えています。
 もちろん、地域ごとの交通特性などを加味して安全教育プログラムを修正する必要がありますが、根幹がしっかりしていれば、その作業自体はそう難しいものにはならないだろうと思っています。
 とにかく、今回の研究においては、科学的根拠に基づいたプログラムによる交通者の意識と
行動の変容を見届けるつもりでいて、それが納得いくものとなれば、その後に他の地域への援用を考えていくつもりでいます。

2016年度タカタ財団助成研究

「住宅地の土地利用変化を考慮した高齢者と子育て世代の親和性を高める持続的安全交通施策に関する研究」概要

【研究代表者】
東京工業大学 環境・社会理工学院 助教
鈴木美緒

【準備段階】
平成27年度中に東京都世田谷区を対象とし、保育園周辺での交通(滞留,ピーク)特性調査を行なった。

【平成28年度】
①子供載せ自転車に利用者に対し、安全教育プログラムで指摘すべき項目と、推奨ルート選定の可能性を明らかにする。
②高齢者の自動車・自転車運転挙動を把握し、注意喚起とローカルルール(通行規制)の可能性を明らかにする。
③注意喚起やローカルルールの及ぼす効果を検証する。
④上記分析から安全教育プログラムを構築する。

【平成29年度】
⑤上記で提案した安全教育プログラムを実装し、その効果を定期的に観測し、改善点を抽出する。高齢者や保育園利用者の中で、
運転能力が比較的低い主体に対して自覚を促し、代替交通手段を提案する可能性を提案する。

【平成30年度】
⑥上記提案の継続的な効果(交通挙動やルール遵守状況)を観測するほか、安全教育プログラムについて、地域住民と保育園利用者が協働して交通文化を醸成できる可能性を検証、持続可能なシステムを完成させる。

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