研究助成プログラム

助成研究者インタビュー

交通事故による多数傷病者発生(局所災害)時の情報共有システム開発

タカタ財団・2016年度研究助成の対象テーマ
「交通事故による多数傷病者発生時における救命医療高度化のための情報共有システムに関する研究」
この研究の概要について、布施貴司氏に語っていただきました。

布施先生

緊急の現場での課題は、コミュニケーション・エラー

――先生は大阪府泉州救命救急センターの医長であり、厚生労働省が発足させた災害派遣医療チームDMAT(ディーマット:Disaster Medical Assistance Team)のインストラクターでもいらっしゃいます。まさに、交通事故現場や災害現場における医療活動のリーダーとして活躍されているお立場なわけですが、今回の研究に取り組まれるようになった経緯についてお教えください。

 大阪府泉州救命救急センターでもDMATでも、訓練および活動は、イギリスのMIMMS(ミムス:Hospital Major Incident Medical Management and Support)という教育システムを元にして行っています。 
 これは、大災害時=多数傷病者発生時にかかわる消防、救急、医療機関、警察、行政等の各部門の役割と責任、組織体系、連携の仕方、対処法、装備などを教えるものなのですが、救命救急の現場では特にCSCATTTすなわちcommand & control(指揮)、Safety(安全)、Communication(情報伝達)、Assessment(評価)、Triage(傷病者の優先順位)、Treatment(治療)、Transport(搬送) の7つが重要であるとしており、我々も常にそれらを徹底するよう努めています。

 ところが、訓練でも実際の災害現場でも、いくら注意していても、なんらかのミスが必ず発生してしまいます。何故かというと、これは日本でもイギリスでも同じなのですが、緊急の現場においてはコミュニケーション・エラーが起こりやすいからです。患者に関する情報が正確に伝達されないと、搬送、治療のシーンなどで様々な不都合が起こってしまうことになるのです。

 助かる可能性のある患者の生命を、医療面ではなく初歩的なコミュニケーション・エラーで危うくしてしまうというのは非常に遺憾なことです。ですから私は、こうした事態を何とかしたいと考え、今回の「交通事故による多数傷病者発生時における救命医療高度化のための情報共有システムに関する研究」に取り組むことにしたのです。

――緊急の現場である故にコミュニケーション・エラーが起こるということですが、それらは具体的にはどのようなエラーなのでしょうか?

 現状、現場における患者の情報の伝達は、主にトリアージタグを使って行っています。トリアージタグというのは、患者の個人情報や様態、病状を書き入れるタグ状の紙で、患者はこれを体に付けて現場の医療テント、搬送機関、病院へと送られていき、各所でその情報に基づいて適切な処置・治療が行われることになっています。これは非常によくできたツールであり仕組みなのですが、いかんせん切迫した状況において一つひとつ手書きされるために、文字が乱れたり患者の血液で汚れたりして判読不可能となるといったことがたびたび起こってしまいます。時には大切な箇所が千切れてしまうことさえあります。つまり、トリアージタグがアナログ式の手書きで、しかも紙であるということが、コミュニケーション・エラーを生む最大の原因の一つとなっているというわけです。

トリアージタグ

 それならば、この紙のトリアージタグを全面的に無くせばいいだろうと言われそうですが、そうもいきません。トリアージタグの表面は救出現場、一次トリアージ地区などで記入される一次トリアージ情報となっていて、裏面は医療テントで診察した内容が書かれる二次トリアージ情報となっているのですが、一次トリアージはとにかく迅速性が重要で、その意味では現状のトリアージタグを使うのが最も効果的・効率的といえるからです。ということで今回の研究で私は、医療テントの医師や看護師が行う二次トリアージの情報を電子データ化し、それ以降のコミュニケーション・エラー及び医療・搬送ミスをなくすことを目指すことにしたのです。

タグ左右

現在、災害現場で患者の情報伝達のために使われている紙製のトリアージタグ。
表面(左)には個人情報はじめ、歩行の可否や意識の有無などといった一次トリアージ情報が書き入れられ、救命困難者は黒、重症者は赤、中等症者は黄色、軽症者は緑と色分けされて現場の各医療テントに運ばれる。
そして、各医療テントでは、より詳しい様態・病状といった二次トリアージ情報が書き入れられ、この情報はその後に搬送される病院施設での治療に役立てられる。

1年目は基本システム作りを、2年目は関空の訓練での実証実験を

――今回の研究は2年にわたるものとなっていますが、研究の概要と進捗状況をお教えください。

 現在1年目は、二次トリアージ情報の伝達および閲覧がタブレットやスマホを使ってできるようにするための「傷病者管理システム」の開発に力を入れています。

 紙のトリアージタグの機能の良い点を考慮しつつ、私を含めた現場経験のある医師や看護師、消防隊員などの意見を反映しながら、より使い易く、コミュニケーション・エラーが少なくなる災害時傷病者情報管理システムの開発を進めているのです(システム開発は制作会社にオーダー)。

 この「傷病者管理システム」は、例えば大阪府泉州救命救急センターに置かれる本部のサーバーで一元管理されることになります。そして、本部、医療テント、搬送機関、病院といった災害現場の救急救命に関わる全ての人々がそこにある情報にアクセスでき、目的に応じて使い分けができるようになります。
 
 一例として、赤の重症患者一覧の画面を見ていただくとわかるのですが、これは同じ重症者でも危険な患者順に並べ替えられるので、医療テントでの迅速かつ的確な応急処置に役立ちます。また、患者の症状が搬送に耐えうるほどに安定化したら搬送準備ボタンを押してマーキングができるので、確実な搬送トリアージの実施が可能となります。

赤テント一覧

 そして、患者一人ひとりの個人情報や病態も紙のトリアージタグよりも詳細に入力できるので、搬送先である病院での適切な治療に繋げられます(病院側は患者が到着する前に情報が閲覧できるので、治療準備も迅速に行える)。さらに、本部では、これら一覧をPCのみならずプロジェクターで大きく映し出すことができるので、現場全体の状況把握とそれに伴う指示が的確に行えるようになるだけでなく、関係機関での情報共有にも役立てられます。

 ちなみに、このシステムは現在は文字情報が中心の構成となっているのですが、完成を目指す中で、患者の取り違えを防ぐための顔写真を添付できるようにしたり、顔認証システムを導入したりすることも考えています。

開発中のプロトタイプ画面

プロトタイプ1
プロトタイプ2
プロトタイプ3

「傷病者管理システム」の重症患者一覧の画面。
PCはもちろん現場でのタブレット、スマホからも閲覧できる。

――現時点(2016年12月)での「傷病者管理システム」の完成度は、どれくらいなのでしょうか?

 一応、形としてはほぼ出来上がりつつあります。ただ、問題は現場での使い勝手が良いかどうか……。それで現在は、現場に出向くであろう医師、看護師、さらには消防の人たちに触ってもらい、それぞれからの意見を集めている最中です。そして、年度内にはそれら意見に従って修正を加え、実地に使えるものにしていくつもりでいます。

――2年目となる2017年度は、そのほぼ完成した「傷病者管理システム」を使って、どのような研究が行われるのですか?

 ここ大阪府泉州救命救急センターは、近くにある関西国際空港が毎年10月に行う航空機事故災害訓練に参加しているのですが、その訓練で使用に耐え得るかどうかを検証したいと考えています。じつは、この訓練は、日本一の規模のもので、これに対応できる能力が付けば、日本全国どこでどのような事故が起きても対応できるようになるであろうと考えています。
「傷病者管理システム」も、この訓練を経ることで実用化の目途が立つだろうと考えているのです。

厚生労働省のEMISに連携させて、全国での活用に繋げていきたい

――では、「傷病者管理システム」が関西国際空港の訓練での使用に耐え得るものであったとして、その後、実際の事故や災害に使用できるようにするまでには、どのようなプロセスを踏まれることになるのでしょうか?

 大阪府泉州救命救急センターでは、頻繁に交通事故の現場などにドクターカーを出動させて、現場医療活動を展開しています。「傷病者管理システム」が関西国際空港での訓練で耐え得るものであると分かれば、徐々にそうした現場に導入していき、検証作業を重ねていく予定です。
そして、それらを経た上で、大事故、大災害時の導入・活用に繋げていくつもりでいます。

ドクターカー

――この「傷病者管理システム」は、今のところは大阪府泉州救命救急センターでの使用に留まるものなわけですが、将来的には全国的に展開するといったような構想はお持ちですか?

 はい、大阪府泉州救命救急センターでの有用性が確認できれば、間を置かずして全国の救命救急センターで使ってもらえるものにしたいと思っています。

 それで私としては、できれば、「傷病者管理システム」を厚生労働省がネット上で展開している広域災害救急医療情報システムEMISに連携させ、それによって全国的に活用されるものとなればなによりだと考えています。

 何故なら、東日本大震災の例でも分かるように、大事故・大災害時には都道府県を越えての
救急救命活動が必要になるわけで、その場合、情報伝達と共有化がエリア限定で留まっていては望むべく活動は行えないことになるからです。
 
 今は、その実現に向けて、とにかくシステムの完成と、その実用性・有用性の実証を急ぎたいと思っています。そして、その中で一歩一歩、地道に広く周知を図っていくつもりでいます。
 

2016年度タカタ財団助成研究

「交通事故による多数傷病者発生時における救命医療高度化のための情報共有システムに関する研究」概要

【研究代表者】
地方独立行政法人りんくう総合医療センター
大阪府泉州救命救急センター 医長
布施貴司

平成28年度にシステム開発・検証(災害訓練等)を行い、平成29年度にシステムの有効性の
実地検証(災害実働訓練・実地検証等)を行う。

【平成28年度 前期目標】
「交通事故による多数傷病者発生(局所災害)時の情報共有システム開発」
局地災害現場での豊富な活動経験から,現場に最適なシステムの開発を目指す。

【平成28年度 後期目標】
「開発したシステムの検証1(訓練でのシステム最適化)」
システム検証を確実に遂行するため各種災害訓練での検証作業を行い,システムの最適化を目指す。本研究申請施設は多くの災害訓練を主導しており,効果的に検証作業が行える環境下にある。

【平成29年度 目標】
「 開発したシステムの検証2(現場での実地検証)」
最適化したシステムを実際の複数傷病者発生現場で有用性を検証する。
本研究申請施設は重症外傷患者・複数傷病者に対して,医師が現場出動するドクターカーを運用しており、実地検証可能である。また、これまで重症外傷(研究)センターとして多くの臨床研究成果の報告実績があり、研究を遂行できる環境下にある。

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