研究助成プログラム

助成研究者インタビュー

ドライバの脳活動の日常的な計測こそが、超高齢化と自動運転社会の安全運転に 繋がる

タカタ財団・2016年度研究助成の対象テーマ
「ウエアラブルNIRSを用いた自動・手動運転時のドライバの脳活動データベースの構築と評価」
この研究の概要について、綱島 均氏に語っていただきました。

綱島先生

クルマの制御は究極的には人間の脳が行っている

―先生は機械力学、制御工学がご専門です。今回のようなクルマのドライバの脳活動にスポットを当てた研究を始められた理由をお教えください。

 これまで私は、電車や自動車の運動制御に関する工学的な側面での研究を主にやってきました。しかし、それを続けるうちに、どの運動制御も究極的にいえば人間が行っていて、特に脳の活動が大きく関わっていることに気が付きだしました。それで、徐々に鉄道の運転士やクルマのドライバの脳活動に関する研究も始めることになったのです。

―最初は、いつ、どのような研究を?

 10年ほど前、電車のホームでの過走すなわち停止位置を過ぎて止まってしまうことが頻発し、その原因を調べるために運転士の脳の活動を測ったのが最初です。その時は私の研究室で開発したシミュレーターと、ファンクショナルNIRSという大型の脳の血流を測る装置を使いました。

 その時分かったのは、初心者は前頭葉をしきりに活動させているけれど、熟練者は前頭葉をほとんど使っていないということでした。つまり、熟練者の場合は前頭葉で制御のモデルを作ったあとは、そのモデルを取り込んだ小脳が自動的に制御を行う指示を出していて、ほぼ何も意識しないなかで操作を行っていたのです。それで、ホームでの過走行を防ぐには、そうした初心者と熟練者の脳の活動状況の違いに応じた対策が必要であるとの知見が得られました。

―クルマのドライバの脳の活動に関しての研究はいかがでしょうか?

 ドライバの脳活動に関する初期の研究は、9年前に筑波大学と共同で行いました。その時は、筑波大学のドライビングシミュレーターと、我々が持っているファンクショナルNIRSを使って研究を進めました。

 先ず、基本の曲がる・止まる・走る時の脳の状態を調べたのですが、特に減速する時に脳の前頭葉の活動が活発になることが分りました。そしてその後、ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)使用時の脳の状態も調べたのですが、前頭葉の活動は常に不活発なままであることが分りました。つまり、負担が減った分、あまり脳を活動させていなかったのです。こうした結果は、ドライバの認知・判断・操作の実態を知る上において、非常に有意なものに思えました。

 ただ、この研究は、あくまでシミュレーター上で行われたもの。実際に公道という実環境においてはどうなるのか、私はそこが非常に気に掛かりました。それで、今回の研究に着手することにしたのです。

自動運転時は公道でも脳の活動レベルが低くなる

―では、今回の研究「ウエアラブルNIRSを用いた自動・手動運転時のドライバの脳活動データベースの構築と評価」の概要をお教えください。

 先ず、「ウエアラブルNIRSとは何か」からご説明します。
 これまで我々が使用してきたファンクショナルNIRSという装置はあまりに大型で、実車に搭載することは現実的ではありませんでした。そこで、我々は小型化されたウエアラブルNIRSを用いて計測を行うことを考えました。

 今回は、ダイナセンス社製のウエアラブルNIRSを使用して計測を行いましたが、さらに超小型化され、完全ワイヤレスで脳の状態をモニタリングできる新型のウエアラブルNIRSをベンチャー企業と共同で開発し、次年度の計測から導入できる予定になりました。

 次に、被験者となる自動・手動の運転をするドライバ(被験者)についてですが、これは、現在、自動運転車の開発をされている金沢大学の菅沼直樹先生と米陀佳祐先生に協力をお願いしました。お二人は石川県珠洲(すず)市公道での自動運転車の運転が許可されているので、実環境における自動・手動両方の運転時の脳の状態のモニタリングが可能なのです。それで、最終的にこの研究は、できるだけ多くのドライバの脳の状態のデータを集積し、そこから一定の評価を導き出すことを目指すものとなっています。

今年度の実験に使用したウエアラブルNISR(左、ダイナセンス社製)

―現状、どのようなことが分かってきましたか?

 最初は珠洲市の市街地での走行時の脳の活動を調べたのですが、その時は自動・手動ともあまり大きな差が見られませんでした。というのも、自動運転車を開発した二人の先生は、自動運転時であっても、期待通りに運転がされるかどうかを気にして、脳活動が非常に活発だったからです。

 それで、次は珠洲市郊外の比較的障害物の少ない国道において実験を行うことにし、往路20分間を通常運転で、復路20分間を自動運転で走ってもらうことにしました。すると、往路運転は脳の活動が盛んだったのですが、復路の自動運転はかなり活動レベルが下がるという結果がでました。

しかしながら、慣れによっても脳活動のレベルが低下することから,このような手動運転時と自動運転時の脳の活動の違いをどのようにして見出すことができるかが今後の課題になると思われます。

公道実験

十分注意を払った手動運転では、運転開始から酸素化ヘモグロビンの濃度が上昇し、脱酸素化ヘモグロビンの濃度が減少する。
これは、脳の前頭葉が活発に活動していることを示している。
一方、自動運転時には、酸素化ヘモグロビン、脱酸素化ヘモグロビンともに濃度変化があまりなく、脳の前頭葉の活動状態は、
この時の手動運転に比べて低い状態にあると考えられる。

脳のデータがクルマと連動して安全運転を実現する

―今後、この研究は、どのように進展していくのでしょうか?

 一つはウエアラブルNIRSを完璧なものにするということがあります。そして、もう一つは自動運転と手動運転のデータをできるだけ多く取得・蓄積し、そこから評価を導きだすということがあります。

 前者に関しては順調に進んでいるのですが、問題は後者です。現状、自動運転車を運転する許可を得ている人が極めて少ないため、必要な量のデータの取得・蓄積が進んでいません。当初3年で終えるつもりでいましたが、評価までに行き着くには、それ以上の時間が掛かるであろうと踏んでいます。

―将来的に二つの課題が完璧なものとなった暁には、それらは社会にどのような貢献をもたらすことになるのでしょうか?

 ウエアラブルNIRSについてはかなり具体的な貢献イメージをもっています。いずれ、この装置が廉価になって普及することになれば、一般のドライバに、日常的に体重や血圧を測るのと同じように脳の状態を測る習慣を付けてもらえることが可能になるでしょう。そして、そのデータは例えば自分のスマートフォン及びクルマに蓄積され、それを元にその日の脳の状態がわかるようになり、運転すべきかどうかが適切に判断できるようになるでしょう。

そうなれば、脳の観点からの安全運転の実現に寄与できるようになり、今注目されている高齢者の認知能力と運転の問題にも関与できるものになるのではないかと考えています。

ただし、このようなイメージで一般的に活用されるのはまだまだ先の話なので、とりあえずは公共交通機関や運送業の組織にウエアラブルNIRSを導入してもらい、職業ドライバの安全運転のために役立ててもらうといったことを目指したいなと思っています。

 もう一つの自動運転と手動運転時のデータの蓄積と評価については、今の段階では何ともいえないところはあるものの、それなりのイメージはもっています。
例えばレベル4までいっていない自動運転車の場合、自動から手動に切り替わる瞬間が必ずあり得るわけですが、その時にドライバの脳の活動が低下していると、非常に危険な状況に陥ってしまうことが考えられます。

しかし、もし、ドライバの脳の活動に関する評価および判断がクルマあるいはクラウド上にあって、それが制御に連動することになっていれば、そうした危機的状況をうまく避けることができるようになるかも知れません。つまり、自動運転車が完全自動化に至る直前までの安全対策の一つとして役立てられるのではないかと考えているのです。
 いずれにせよ、こうした脳の活動に関する研究と成果は、これからやってくる超高齢化社会、そして自動運転社会において必ずや必要なものになるであろうと確信しつつ研究を進めるつもりでいます。

共同研究者である日本大学生産工学部の助教・栁澤一機さんとともに

2016年度タカタ財団助成研究

「ウエアラブルNIRSを用いた自動・手動運転時のドライバの脳活動データベースの構築と評価」   概要

【研究代表者】
日本大学 生産工学部 機械工学科 教授
綱島 均

本研究は3年計画として、それぞれの年度の目標は以下のとおりである。
平成28年度:綱島らが新しく開発したウエアラブルNIRSを、実施メンバの菅沼らが保有して
いる自動運転車両に実装し、自動運転、手動運転、自動・手動切り替え時の脳活動と運転行動、環境情報を、公道実験(石川県珠洲市)において計測できるシステムを構築する。このシステムを用いて、10名程度のドライバの脳活動を記録し、特徴を抽出して脳活動状態の評価が可能なデータベースの原型を作成する。なお、綱島らはすでに、ドライバの脳活動と運転行動を評価できる指標を開発している。〈NIRSを用いた自動車運転時の脳機能計測(運転支援システムによるドライバの負担軽減の評価)、ヒューマンインターフェース学会論文誌、 Vol.14, No.2、 pp.99-108〉
平成29年度は,さらに実験参加者(健常者)を増やし、50名程度の実験参加者の脳活動を計測し、特徴を分析してデータベースとして整備する。
平成30年度は、高齢ドライバの脳活動も計測できるようにする。また、健常者についても30名程度の計測を行い、3年間で合計100名程度の脳活動データベースを構築し、活用できるようにする。

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