研究助成プログラム

助成研究者インタビュー

高知県警と連携しながら高齢歩行者の交通事故リスク要因を解明し、事故死者減少に貢献したいと考えています。

タカタ財団・2015年度研究助成の対象テーマ
「脳特性と歩行能力計測による高齢歩行者の交通事故リスク要因の特定と個人対応型事故対策」
この研究の概要について、中川善典氏に語っていただきました。

中川先生

2013年度の交通事故死者数4,373人のうち高齢歩行者の事故死者は1,117人

―今回の研究「脳特性と歩行能力計測による高齢歩行者の交通事故リスク要因の特定と個人対応型事故対策」に取り組まれるようになった経緯からお教えください。

私は、かつて東京大学で社会基盤学を研究し、現在の高知工科大学では社会マネジメントに関する研究を行っているのですが、特に力を入れてきたのは、地域、高齢というキーワードに関係する様々な問題(現象)を解決するための研究です。具体的にいうと、ある地域において起きている様々な問題に関する統計分析やインタビュー分析などを行い、それらの結果を行政(主に地方自治体)に提示することによってより良い施策の実施を支援しようというものになります。

高齢歩行者の交通事故に関する研究は、その中で必然的に生まれてきました。
周知のように超高齢化が進む現在、高齢者による交通事故は大きな問題となってきているわけですが、実は運転中の事故だけに留まらず、歩行中の事故がかなり多いと
いう実態があり、私はそこを何とかしなくてはならないと考えたわけです。事実、2014年度の高知県における高齢事故死者25人のうち13人が歩行中の事故で亡くなっており、全国で見れば、2013年度の交通事故死者数が4,373人のうち高齢歩行者の事故死者は1,117人に上っています。

2013年度(平成25年)中の状態別の交通事故死者数を年齢層別にみると,次のような特徴がみられます。
グラフ:内閣府平成25年中の状態別・年齢層別交通事故死者数
出典:内閣府「交通安全白書」

内閣府平成25年中の状態別・年齢層別交通事故死者数

―高齢者の運転中の事故に関する研究は多くありますが、歩行者の事故に関する研究というのは、それほど多くない印象があります。

いえ、それなりの数の研究はあります。ただ、どれも「高齢歩行者の中で事故に遭いやすい人と遭いにくい人との違い」や「高齢歩行者の身体能力や認知能力と事故遭遇リスクとの関係」の解明までには踏み込めていません。印象が薄く感じられるのは、そのせいかも知れません。

―今回の研究では、そうしたリスク要因の解明までを目指されているわけですね。

はい、私達(研究協力者:高知工科大学地域連携機構地域交通医学研究室・室長・朴 啓彰氏、高知工科大学地域連携機構地域交通医学研究室・客員研究員・大田 学氏、高知工科大学地域連携機構地域交通医学研究室・客員研究員・鈴部 玲佳氏、高知県警察本部・交通部交通企画課警部/高齢者交通安全対策官・鈴木 賢司氏)は、認知能力や身体能力は歩行事故リスクにどの程度係わるのか、認知能力に係わる脳特性すなわち白質病変と脳萎縮度は歩行能力にどの程度係わるのかをそれぞれ詳細に解明していくつもりでいます。そして、最終的には行政サイドによる個々人に対応した歩行者事故対策にまで繋がればと考えています。

県警察本部と連携して希有なデータ収集体制を構築

―研究計画によると1年目には「歩行中に交通事故に遭遇した高齢者と、遭遇したことのない対照群から、MRIをはじめとするデータを収集する」という旨の記述がありますが、具体的にどのようなことを行われたのでしょうか?

歩行中に事故に遭った高齢者と、そうではない高齢者を個別訪問し、①「年齢、性別、事故発生地点の位置情報や事故状況」、②「身体能力(身体的活動尺度PASEやEBQ等で運動機能を各々得点化)」、③「認知能力(短縮版記憶検査SMQ、認知機能テストMMSE、前頭葉機能テストFABを施行し得点化)」、④「脳特性(MRI画像解析から白質病変の定量評価と脳萎縮度データを取得)」、⑤「歩行能力(歩行計測器による、歩行周期、ステップ時間、歩行率の計測のほか、3軸加速度センサーによる歩行パターンの計測)」を調べました。サンプル数としては、2016年3月までに約20名ずつ、合計40名程度に上る予定です。

こうしたデータ収集は2年目も続行し、ある程度のボリュームになった時点で統計分析を行い、高齢歩行者の交通事故リスク要因の特定を図っていくつもりでいます。

―今回の研究において、特筆すべき点としては、どのようなことが挙げられますか?

先ほど述べたように、これまで明らかにされていなかった「高齢歩行者の中で事故に遭いやすい人と遭いにくい人との違い」と「高齢歩行者の身体能力や認知能力と事故遭遇リスクとの関係」の解明を目指すという点が一つあるわけですが、私としてはそのためのデータ収集を可能にしている高知県警の協力体制が何よりも大きいと捉えています。

通常、多くの高齢歩行者の中から事故遭遇者を見つけ出し、その人の脳MRI画像をはじめとする詳細な情報を取得するというのは相当に困難なことです。しかし、県警察本部と大学が連携してデータ収集体制を構築しているために、かなりスムースに作業が行えているのです。こうした体制の実現は、おそらく日本そして世界でも初めてのことといえるでしょう。

ちなみに、高知県警には分署も含め17の警察署があり、その一つひとつに高齢者交通安全活動推進員という女性アドバイザーがいらっしゃいます。彼女らは日ごろから高齢者が集う町内会などを回るなどして安全普及のための啓蒙活動をされているわけですが、今回、私たちがスムースに高齢歩行者の事故遭遇者を見つけ出し、データが取れているのは、その方々の現場における働きかけとフィードバックがあるお陰なのです。

―そうすると、2年目の研究が進み、統計分析およびインタビュー分析の結果が出れば、今度は逆に17名の女性アドバイザーを通して個々人に対応した歩行者事故指導が実施されると捉えて良いのでしょうか?

はい、既に研究の経過報告はたびたび行っているのですが、はっきりした結果が出た暁には、そこで得られた知見をすべて高知県警交通企画課に提供するつもりでいます。そして、それをベースにして、17名の女性アドバイザーが高齢歩行者の一人ひとりの特性に合わせた効果的な指導、対策に当たられるようになることを心より願っています。

今後は免許返納後に増える可能性がある歩行中の事故の研究も

―2年目の研究が終わった以降、今回の研究をさらに進展させていくご予定はありますか?

現在私は、高齢者の方々の免許返納に関する研究も始めているのですが、今後これを今回の研究とリンクした形で進めていくことを考えています。

例えば、世の中には「身体機能や認知機能が低下したと判定されれば即免許を返納する制度を作るべき」との論があり、それはそれで正しいことのように思われがちなのですが、私は、そう簡単に白黒付けられる問題だとは捉えていません。移動をクルマに頼る地域に住む高齢者たちにとっては、免許返納というのは想像以上に大きな不便と精神的苦悩を伴うからです。

それを考慮しインフラ面や心理面など多岐にわたるケアを施した上で免許返納を行うようにしないと、単にその人たちを不幸にするだけの制度に終わってしまいます。地域の住民の幸福を考える学問をしている者としては、今回の研究成果と絡めながら、よりしっかりと丁寧に研究していくべきだろうと考えているのです。

また、免許返納によって起こる意外な弊害も想定でき、その問題に関しても分野横断的に研究していく必要があります。実は先日、フランスのボルドーで開かれたITS(高度道路交通システム)の国際会議に出席した際、高齢者の事故に関するフランス人研究者から「認知機能の低下した人を運転させない施策を採った場合、その人たちが歩行中に事故に遭うケースが増える可能性があります。

実際、北欧の国でこうした傾向が見られた」という話を聞きました。これはつまり、免許返納をさせたからといって、その後の歩行中の事故のことまでを考慮しなければ、事故および死傷者の減少には繋がらないことを示唆するものでした。今後、事実関係をしっかりと調べる必要がありますが、私はこの問題についても今回の高齢歩行者の交通事故リスク解明の研究を絡めたアプローチが不可欠であろうと考えているのです。

2015年度タカタ財団助成研究

「脳特性と歩行能力計測による高齢歩行者の交通事故リスク要因の特定と個人対応型事故対策」概要

【研究代表者】
高知工科大学 准教授
中川善典

交通事故死亡者数は減少傾向にあるとはいえ、平成25年の死者数は全国で4,373人に達した。このうち、実に1,117人が、歩行中に事故に巻き込まれた高齢者である。この数を劇的に減らさなければ、交通事故問題の解決はあり得ない。この高齢歩行者事故を削減するためには、どのようなメカニズムで事故が発生するかを明らかにする必要があり、今までに数多くの研究が行われてきた。しかし、以下の2つの問題点が残されている。

★高齢歩行者の中で事故に遭い易い人と遭いにくい人との違いを解明できていない。
★高齢歩行者の身体能力や認知能力と、事故遭遇リスクとの関係を解明できていない。

一方、脳の状態と歩行異常については、「白質病変の増大に伴って、歩行能力や体幹バランスが低下し、転倒歴も増加する」ことが報告されている(Inzitari et al. Neurology, 2008)。
しかし、歩行中の交通事故との関係については調べられていない 。白質病変は、高血圧や糖尿病等の動脈硬化性疾患と関連性があり、健常中高年者の約30%に見られる無症候性脳虚血病変である。重度の白質病変は認知症と強い相関がある。我々は白質病変と交差点事故や危険運転行動との関連性ついて、これまでも国際学術雑誌に報告してきた。

本研究では、下記を主要研究目的として、高齢歩行者事故の実態調査を行う。
●歩行事故リスクと認知能力や身体能力の関係(どの程度増加させるか)を明らかにする。
●認知機能に係る脳特性(白質病変と脳萎縮度)と身体能力としての歩行能力を計測する。
●これらの事故特性データに基づいて、個々人に対応した歩行者事故対策を講じる。

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