研究助成プログラム

助成研究者インタビュー

高齢者の歩行中と自転車乗車中の事故傷害を最小限に留めるための研究を行っています。

タカタ財団・2015年度研究助成の対象テーマ
「高齢者の交通事故傷害予測モデル開発と歩行中および自転車乗車中の傷害予測」
この研究の概要について、山本創太氏に語っていただきました。

山本

高齢者の「パッシブセーフティ」を考える研究

―今回の研究テーマは「高齢者の交通事故傷害予測モデル開発と歩行中および自転車乗車中の傷害予測」というものですが、交通問題に取り組まれるようになったきっかけからお教えください。

私は、18年前に名古屋大学の非常勤講師になってから、今に至るまで病院をはじめとした施設内における高齢歩行者の転倒による傷害の軽減に関する研究を行ってきました。そんな中、2012年に今回の研究の協力者(及川昌子、松井靖浩)の一人である独立行政法人交通安全環境研究所の主席研究員である松井靖浩氏から「高齢者の自転車事故による傷害を軽減させるための研究ができないか」という話が持ちかけられました。当初、施設内と交通社会という環境の違いが多少気にはなりましたが、よく話を聞いてみたところ、これまで培ってきた高齢歩行者の転倒シミュレーション技術を応用すればいい成果が得られるであろうとの感触をもつに至りました。私が高齢者の交通問題にも積極的に取り組むようになったのは、それからのことで、今回の研究もその延長線上にあるものとなっています。

―高齢者の交通事故予防という視点での研究は数多くありますが、この研究は事故が起きた後のことを扱われていますね。

そうです。交通事故死傷者ゼロを目指すためには事故を未然に防ぐことが大事で、そのための研究と実用化は欠かせません。しかし、そんな中でもどうしても避けられない事故は起こってしまうわけで、そうであれば事故の被害つまり傷害の度合いを軽くするための研究およびその成果の実用化も不可欠となります。私たちの研究はその後者に位置づけられるものであり、いわば「最終安全」のための研究となっています。もっと分かりやすくいうと、クルマの安全技術にアクティブセーフティとパッシブセーフティがありますが、これに喩えるなら高齢者の歩行中と自転車乗車中のパッシブセーフティの部分を考えるための研究と捉えていただいてもいいでしょう。

クルマと衝突した高齢者は路面に頭をぶつける

―では、研究の概要をご紹介ください。

今回の研究では、高齢者の歩行中と自転車乗車中の事故の際の交通外傷評価ツールを確立することに重きを置いています。つまり、コンピュータで高齢者特有の被害が予測できるシミュレーションツールを作ろうというものです。
それで1年目は、具体的に以下の三つに取り組んでいます。

①高齢歩行者事故における人体挙動・頭部外傷・大腿骨頸部骨折リスクの予測を行う
②高齢者モデルと自転車モデルを組み合わせ、高齢自転車乗員モデルを開発する
③医用画像に基づく脊柱有限要素モデルを開発する

①も②も、一般的な構造解析とマルチボディ解析のソフトを使って行っているのですが、コンピュータ上の人体ダミーには、それぞれ私たちが長年の研究で得てきた高齢者の身体的特徴のデータなどが組み込まれています。すなわち、体の部位ごとの質量はじめ、間接の硬さや背骨の曲がり具合、歩き方(自転車の場合は成人のものよりも小さい24インチのものに乗車するという)などのデータが反映されており、クルマが当たった場合にどう転ぶのか、そしてそれによる頭部や大腿骨などの骨折リスクはどれほどなのかが分かるように作られているのです。

現在、まだ研究途中なのではっきりしたことまではいえませんが、だいたい予想どおりの結果が出つつあります。その一つはクルマとぶつかった直後の頭の落ち方です。クルマのブレーキの掛かり具合による違いは多少あるものの、高齢者は歩行中、自転車乗車中ともに成人とはまったく違う頭の落ち方をすることが分かってきました。

通常、成人の場合はまずクルマのボンネットに体を乗り上げて頭をぶつけます。しかし、高齢者の場合はクルマの前方に押し倒される形となり、最初に路面に頭をぶつけ、それによって傷害を被るのです。

2年目以降の研究では、こうしたことを前提として、路面の硬さ、反発力などのデータも入れ込み、傷害の度合いまでも詳しく分かるようにしていくつもりでいます。具体的には、アスファルト路面にヘッドインパクタを落として衝撃の大きさを測った既存の実験データをシミュレーションツールに反映し、その上で詳しく分析していく予定です。

次に③ですが、これもコンピュータ上の人体ダミーに脊柱の圧迫骨折の原因などに関するデータを反映させて、衝突時の骨折の経緯や度合いを明らかにしようという内容になっています。それで現在、医用の画像などを参考にしながら作業を行っているのですが、これがなかなか難物で……。なぜなら、医学の世界でも高齢者の脊柱骨折の原因がはっきりしない部分があったりするのです。これについては、なるべく正確なデータに当たりつつ、2年目以降も引き続き検討を加えていくつもりでいます。

クルマや道路の改善と高齢者の意識改革を望む

―将来的に、この研究で出た成果は、どのように社会に還元されればいいとお考えでしょうか?

今やっている高齢者の交通外傷評価ツールが確立すれば、クルマの構造の問題点はもちろん、道路をはじめとした交通インフラのどこにどのような危険があるかなどがはっきりと分かってくるはずです。私としては、自動車メーカーや国がこれを元にしてよりよい改善策を実現してくれれば何よりだと考えています。また、私自身がやれることとしては、高齢者の交通外傷の傾向を把握して、それを保護するためのプロテクションツール、例えばヘルメットやヒッププロテクターの開発と普及に寄与することも視野に入れています。

―ご自身でプロテクションツールを開発されるということですか?

そうです。私は既に病院などの施設内での転倒による骨折を防ぐためのヒッププロテクターの開発は行っていまして、そうした実績を元にやれることはいろいろあるだろうと踏んでいるのです。そう難しいことではありません。それよりも、問題となるのは普及のほうです。じつは、多くの高齢者の方々は「自分は老い先短い身。そんな面倒なものを付けて残りの人生を過ごすのはイヤだ」などとおっしゃり、なかなか装着しようとはしてくれません。もし骨折などしたら、寝たきりとなり、自分の残りの人生が悲しいものになるのはもちろん、周囲もひどく困る状況になってしまうのですから、是非とも装着をお願いしたいところなのですが……。
おそらく、こうした傾向は広く交通社会におけるものとなると、ますます顕著となることが予想されます。ですので、私としては、プロテクションツールの開発のかたわら、装着の必要性を知ってもらうための広報活動も同じくらい積極的に行うべきだろうと考えているのです。自動車メーカーや国の改善策の実現に加え、うまく高齢者本人の意識の改革がなされれば、そのときはきっと高齢者の交通事故による被害は大幅に低減していくにちがいありません。

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自転車事故シミュレーションの例

2015年度タカタ財団助成研究

「高齢者の交通事故傷害予測モデル開発と歩行中および自転車乗車中の傷害予測」概要

【研究代表者】
芝浦工業大学工学部 准教授
山本創太

我が国の交通事故死傷者数は最近10年間において継続的に減少傾向であるが、年齢別内訳では65歳以上の高齢者の比率は増加傾向にある。平成25年の年間死者数のうち52.7%が高齢者であり、高齢者の交通傷害対策は喫緊の課題である。特に歩行中と自転車乗車中の死傷者数における高齢者の比率が高く、高齢歩行者,高齢自転車乗員の傷害対策が必要である。

我が国では平成17年より歩行者頭部保護基準が適用されているが、大人と子供を想定しており、体格が異なる高齢者を想定した評価ではない。また、高齢者は立位時の脊柱の彎曲、歩容(見た目に表れる歩き方)の特徴から、自動車事故時の人体挙動が若年者と異なることが予想される。自転車乗員の傷害対策については、最近になって申請者をはじめ、幾つかの研究機関で検討が始まっているが、高齢自転車乗員の傷害評価、対策はまだなされていない。

高齢歩行者・自転車乗員の傷害評価にあたっての最大の課題は、子供や若年者とも異なる高齢者の生体力学的特性や、その予後において高齢者の生活の質(Quality of Life, QOL)を大幅に低下させる大腿骨頸部骨折や脊椎圧迫骨折など高齢者特有の傷害評価が可能な傷害評価シミュレータが確立されていないことが挙げられる。

以上の背景より、本研究では高齢者の生体力学的特性を再現した傷害予測モデルを開発することを目的とする。さらに開発したモデルを用い、高齢歩行者・高齢自転車乗員の交通傷害予測を行い、高齢者の交通事故における被害を低減するための対策を検討する。

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