研究助成プログラム

助成研究者インタビュー

緑内障の人の視野による正確な交通事故リスク推定法の確立を目指します。

タカタ財団・2015年度研究助成の対象テーマ
「緑内障などの眼疾患による視野障害からの交通事故リスク推定法の確立」
この研究の概要について、朝岡 亮氏に語っていただきました。

朝岡 亮

視野欠損による交通事故リスクの高まりを危惧

―今回の研究「緑内障などの眼疾患による視野障害からの交通事故リスク推定法の確立」を始められるようになったきっかけからお教えください。

 緑内障というのは徐々に視野が狭くなっていき、放置しておくと失明してしまう恐れのある眼疾患で、日本における中途失明の原因としては一番多いものとなっています。しかも、40代以降の約20人に1人に発症するため、超高齢化が進む我が国における大きな社会的問題の一つになりつつあります。

 この緑内障に関しては診断、治療方法を含め様々な研究分野が存在するのですが、私が携わってきた研究分野の一つに緑内障の視野に関する研究があります。具体的な内容としては、視野の正常異常判定を正しく行う方法や、視野進行を正確に予測する方法を研究したり、視野の欠損の度合いによって日常生活にどのような不自由さが出るかについて調べることなどです。

 そういったこれまでの研究を通して、読書をするとか、歩行をするとかの多くの日常行動の不自由さについて、ある程度の明確且つ新規性のある知見を得ることができました。ところが、ことクルマを運転するという行動の不自由さについてはなかなかはっきりしたものが見えてきませんでした。それでいろいろ調べてみたところ、どうやらクルマの運転というのは、皆さんご自身や同乗者の方の安全を背負いながらの行為であるためか、視野と不自由さとの関連性はストレートではないということが分かってきました。具体的には、視野が狭くなったことに応じて、多くの方はこれまでよりも慎重に運転をするなどされるため、視野が狭くなったからといって事故の起こしやすさが単純に線形に増加するわけではありません。

 このように安全を期して慎重に運転するということは、交通事故予防に非常に有効な方法であると思われます。これまで、例えばドライビングシミュレーターを用いた研究結果などからも明らかなように、視野が狭いことが少なくとも潜在的に運転に不利であるはずなことは間違いないわけですから。そうしますと交通事故撲滅への一番の鍵は、視野が狭くなっている方に、ご自身の交通事故のリスクがどのように上昇しているのかをとにかく自覚していただき、注意深い運転を心がけていただくことであると考えられます。このような理由により、私は以下の二つのエッセンスを加えることにより、視野障害から交通事故リスクを正確に推定できる方法を提唱し、運転者にそれを認識させられる方法はないかと考え、今回の研究に取り組むことにしたのです。

利き目を考慮した視野測定と人工知能の活用

―では、研究の概要についてお教えください。

大きく以下の二つの方向で研究を進めています。

①緑内障患者の両眼の視野を正しく推定する
②人工知能=機械学習法の手法を応用し、緑内障患者の交通事故リスクを推定する

 先ず、①についてですが、通常緑内障患者さんでは、片眼ずつの視野検査が行われており、両眼開放下での視野検査は行われません。しかし通常、運転は両眼を開けた状態でなされます。これまでは両眼の片目視野の、両眼の対応する各測定点のうち感度の高い方の感度をモザイク状に張り合わせて両眼視野を推定する方法がとられていますが、もし現行法以上に正しい方法があるならば、交通事故リスク推定に大きく役立つ可能性があります。私たち(共同研究者:松浦将人、小林元、松田博史)は何よりも先にその研究に取り組むことにしたのです。

 具体的なアプローチはいくつかあり、眼優位性を考慮すること、片眼視野感度の加算法を最適化することなどが有力な候補ではないかと考えています。眼優位性とは、利き目と同じ意味で、人間の手に右利き左利きがあるように、眼にも右利き左利きがあります。当然、どちらかの眼の視野が狭くなると、その利き眼が反転するという現象も起こるのかもしれませんが、この辺りはまだ詳しく分かっておりません。こうした眼優位性を詳細に考慮することで、より正確な視野の推定が出来る可能性があります。
 現在までの計測での中間結果では、成果はまずまずといったところです。2年目の研究も含め、今後はこの方向を究めていき、より正確なデータ取得に努めていく予定です。

 次に②についてですが、これは上記の①のデータをはじめ、様々なデータを人工知能(機械学習)に与えていき、そこから緑内障患者の交通事故リスクを推定していくという研究となっています。現在、約100名の緑内障患者にアンケートを実施し、交通事故履歴や運転時の恐怖感などに関するデータを取得・分析している途中なのですが、①のデータが確かになった段階でそれらも入れ込んでいき、よりリアルで正確な交通事故リスクの推定が行えるようにしていければと考えております。

 最近の機械学習の分野の発展は目覚ましく、これまでに私は機械学習法を用いて視野結果を解釈させることが、日常生活の様々な分野での障害度を推測するのに有用であることを示してきました。本研究ではこの手法を応用して、運転リスクの推測ができないかという課題に取り組んでいます。

―人工知能による交通事故リスクの推定は、イメージとして、どのような形で提示されるものとなるのでしょうか?

「現在の推定両眼視野が〇〇の状態であるため、通常のXX倍の交通事故を起こすリスクがある」といったように、視野の欠損程度に応じた具体的なリスクモデルを示せないかと考えています。

予め交通事故リスクを推定することで、交通事故の減少を。

―最後の質問です。今後、リスク推定法が確立されたとき、それはどのように社会に活用されていくのでしょうか? また、ご自身はそこでどのような役割を果たしたいとお考えですか?

 超高齢化が進む日本では、今後、緑内障などの眼疾患により視野が欠損した人が増加していき、その影響によって起こる交通事故が増える可能性が想定できます。私としては、本研究で提唱される方法などにより、交通事故リスクをあらかじめ推定することで交通事故を減らすことが出来ないかと考えます。

 ただ、だからといって、安易に緑内障患者を免許停止にもっていくようなことはすべきではないとも考えます。というのも、東京と違って、クルマがないと生活できない地域が多く存在するわけで、その人たちのQOLをどうするかという問題が厳然としてあったりするからです。そこはかなりセンシティブに動くべきところでしょう。また職業的運転者の運転免許をどう取り扱うべきかということも、非常にデリケートな問題で、一概に一医師である我々が単純に論じることは適当でなく、行政マターの話になるべきと考えます。

 このような観点から、医療サイドがするべきことは、現状を正しく評価(予測)し、伝えることだと考えています。例えば、少なくともかかりつけのクリニックで、測定された視野やその視野結果によるリスク推定結果を元にして「スピードは控えてください」とか「夜の運転や雨の日の運転には特に注意してください」といったような具体的なアドバイスをすることは可能でしょう。また、リスクのある程度高そうな方には、交通教育センターでの免許更新時に例えばドライビングシミュレーターを用いた啓蒙や教育を重点的に施すというのも有効かもしれません。医師である私であって、こういったことを通じて、何かしらの形で社会に貢献できないかと考えております。

2015年度タカタ財団助成研究

「緑内障などの眼疾患による視野障害からの交通事故リスク推定法の確立」概要

【研究代表者】
東京大学 医学部附属病院 眼科・視覚矯正科 特任講師 医学博士
朝岡 亮

自動車運転事故と視野障害の間には関連がある。緑内障は視野障害を呈する眼疾患の代表的なものであるが、20人に1人という極めて高い頻度の疾患であり、また、本邦における失明原因として最も多いものである。緑内障は網膜神経節細胞が死滅する進行性の病気であり、一度喪失した視野は回復させることができない。特にその発生頻度は年齢とともに増加していくため、高齢化社会における緑内障による視覚障碍者の増加が強く懸念されている。

これまでに緑内障の両眼有効視野障害と運転事故リスクの間に強い関連があることが報告されている。しかし両眼有効視野は通常の眼科診療では全く施行されていない。一方本応募者らは通常の眼科診療で行われている片眼ずつ行う静的視野検査の両眼の対応する視野部位の感度を比較することで両眼視野を正確に推定する方法を提唱した。この方法は、簡便で且つ書字読字、歩行などの日常生活の様々な局面でのQuality of Visual Lifeの推定に有用であり、またドライビングシミュレーターを用いた仮想運転能力テストの成績とも関連している。

しかしながら本応募者らはこの両眼推定視野と実際の運転事故の既往との間には実際には何ら関連が見られないことを報告した。これは実際の両眼視では優位眼、非優位眼の間で両眼視野闘争が起こっており、運転のような危険度が高いタスクにおいては両眼視野感度をもっと繊細に推定することが必要であることを示していると思われる。そこで、優位眼、非優位眼の間で起こる両眼視野闘争を勘案しながら精密に両眼視野感度を推定し、この方法で得られた両眼推定視野と実際の運転事故既往および運転時の恐怖感との関連を明らかにして、どのような視野障害パターンが運転事故歴に関連しているのかを特定する。

 

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