研究助成プログラム

助成研究者インタビュー

様々な障害者が安心して歩ける交通社会の実現を目指しています。

タカタ財団・2014年度研究助成の対象テーマ
「歩行している交通弱者の存在を認知することによって運転行動がどのように変化するか」
この研究の概要について、徳田克己氏に語っていただきました。

徳田フォト

交通社会における「障害理解」が必要

―先ず、交通弱者=障害者の交通安全に関する研究に取り組まれるようになったきっかけからお教えください。
 私は筑波大学で心身障害学を専攻し、大学院の博士課程では弱視の人たちの漢字の研究に携わりました。以降、現在に至るまで障害者のQOL(クオリティオブライフ)を向上させるための研究を続けています。
 中でも特に力を入れてきたのが、私が新しく立ち上げた学問領域である「障害理解」です。
これは、障害者が社会生活全般において感じているニーズを明らかにした上で、一般の市民にそれに見合った行動を取るよう促し、それによって障害者の日常の暮らしをより快適にすることを目指すという学問です。
 障害者の交通安全に関する研究は、この「障害理解」を追求する流れの中から必然的に生まれてきました。すなわち、障害者たちが道路を通行する際にどのような不都合を感じ、どのようなニーズを持っているかを明らかにし、ドライバー、ライダー、自転車に乗る人等にそれに応じた運転をしてもらうことで、障害者が安心して通行できる交通社会を実現しようと始まったものです。
 そもそもは約15年前に視覚障害者の交通安全ニーズに関する研究を行ったのが最初です。今回の研究もその一環になるわけですが、対象を視覚障害者のみならず、聴覚障害者、車いす使用者、シルバーカーを使う高齢者、発達障害の幼児にまで広げる形で、交通社会における「障害理解」のための基礎的な調査・実験を行っています。

―これまで、同様の研究は無かったのでしょうか?

 障害者の交通安全に関する研究自体は沢山あります。ただ、そのほとんどは障害者を一括りにした上で、「障害者が通行していたら、優しい運転が必要不可欠」といった観念的な結論を導き出すに留まっています。
 一方、我々の「障害理解」に基づく研究は、様々な障害者ごとのニーズを細かく把握し、一般のドライバーにそれに応じた具体的な運転方法を促すまでを視野に入れて行っているので、そういう点からすると、日本初の研究といっても過言ではないと思っています。

障害者のニーズと現実とのギャップが明らかに

―では、今回の研究「歩行している交通弱者の存在を認知することによって運転行動がどのように変化するか」の概要と、そこから分かったこと等をお教えください。

 交通弱者=様々な障害者(聴覚障害者、車いす使用者、シルバーカーを使う高齢者、発達障害の幼児の保護者)のニーズと、一般ドライバーがそれら障害者と出会った際に行っている運転の実際を調べるために、以下の五つの調査・実験を行いました。

①自動車運転者に対する質問紙調査:全国に営業所と支社を持つ企業4社の社員で日常的にクルマを運転している人933名を対象に、様々な障害者と出会ったときの実際の運転行動と望ましいと考える運転行動を調査
②交通弱者=各障害者へのヒアリング調査:実際にほぼ毎日歩行している様々な障害者たち(視覚障害者10名、聴覚障害者5名、車いす使用者10名、シルバーカーや杖を使う高齢者10名、発達障害=ADHD衝動型傾向のある幼児の保護者5名)に、歩行の際のニーズとドライバーに望む運転行動について聞き取り
③プロドライバーへのヒアリング調査:タクシードライバー10名、宅配便ドライバー10名に様々な障害者と出会ったときにどのような配慮をして運転しているかについて聞き取り
④ドライバーと歩行者のすれ違い実験:20~50歳代のドライバー13名に参加してもらい、公道を歩く様々な障害者役のスタッフたちに対してどのような回避行動を取るかを調べる実験を実施
⑤公道での観察:関東、関西、北陸、九州・沖縄から各1市を選定し、その公道上を歩く様々な障害者役のスタッフたちに対し、一般のドライバーとプロドライバーがどのような回避行動を取るか、その比較を見る実験を実施

①②③の調査では、ドライバーと障害者ともに対象を厳選してリアリティのある声を拾うことに注力しました。④⑤の実験では、こうした研究においては滅多にやらない公道における実験を敢行し、やはりリアルを追い求めました。その結果、非常に現実に近い結果、すなわち交通弱者=各障害者のニーズと実際に行われている運転とのギャップが明確に浮かび上がりました。
 例えば視覚障害者のニーズと実際に行われている運転とのギャップを紹介すると……一般のドライバー、プロドライバーともに、白杖 を突いて歩く視覚障害者を見ると一旦停止して様子を見る人が多くいました。ところが、視覚障害者のほうは全員が「クルマには止まって欲しくない」と答えています。理由としては「そのクルマが次にどう動くつもりなのか分からないので、不安になる。もしかすると自分が歩いているところの前か後ろに駐車場があり、そこに入ろうとしているのかも知れないなどと考え歩行の方向性が定まらなくなる」というのが目立ちました。そして、ニーズとしては「できれば間隔を空けつつ徐行して通り過ぎて欲しい」との声が大勢を占めました。

歩行者

―調査・実験で浮かび上がったそれらのギャップは、ドライバーたちが本来留意すべき運転を示唆するものとなるわけですね?

 そうです。具体的に言うならば、視覚障害者とすれ違う際には歩行を惑わせないために一時停止をしないとか、びっくりさせないように警笛を鳴らすのを控える(ただし走行音の小さい電気自動車は少し離れた所で警笛を鳴らす必要がある)といった運転を促し、車いすやシルバーカーを使用する高齢者とすれ違う際には歩道のわずかな傾斜で車道側に転倒したり、飛び出してしまう可能性が大きいため、できるだけ間隔を空ける運転を促す必要があることなどが分かったということです。
 ただし、いずれも運転教則本などには記載されていないようなことばかり。今後はこれらをどうドライバーたちに浸透させていくか、それが解決すべき大きな課題として意識されるところです。

一人ひとりの意識と行動の変革を

―今おっしゃった研究結果をどうドライバーたちに浸透させていくかですが、何か具体的にイメージされていることはありますか?

 一時は教習所での教育内容を変更することなど、行政への働きかけを真剣に検討しました。しかし、そういうトップダウン方式で改善に持っていくには、かなりの時間と労力が必要であることが次第に分かってきました。それで、今は取りあえずは自分たちでできることから始めることが一番いいだろうと考えるようになっています。
 幸いなことに、私には学会という発表の場があります。それに加えて、年に80回ほど企業やPTAの人たちに向けて講演を行ったりする機会があります。さらには、いろいろなメディアを通して自分の研究内容や考えを伝えることも頻繁にやっています。その中でわずか数分・数行でも交通社会における障害理解の必要性を伝えることができれば、徐々にみなさんの意識と行動は変わっていくだろうと見ているのです。
 先日もある大手デパートの研修で「障害者が求める接客」について講演したのですが、そのときに歩行する各障害者がどのようなニーズをもっているかについてちょっと紹介したところ、多くの方からの理解と納得が得られたという実感が持てました。地道ではありますが、今後もこうした活動を続けていき、一人ひとりのドライバーの変革を積み重ねていくつもりでいます。

―その変革された人の数が多くなっていけば、いずれ行政側も動いてくれることになるのでしょう。そして、障害者のニーズに応えられない運転をするドライバーは罰則を受けるようになる規則が作られるかも知れません。

 いずれ行政側が動くかも知れないということは、あり得ることでしょう。ただ、私は罰則化についてはまったく望んではいません。日本人はもともと「ヒトのために何かをする」という美徳を重んじる民族です。障害者が交通社会で具体的に何に困っているかということが上手く伝わりさえすれば、罰則がなくとも、きっとみんなが意識と行動を大きく変えていってくれるだろうと踏んでいるのです。だからこそ教育啓発が大事。この部分の充実に関しては、個人がやるのであれ行政がやるのであれ、絶対に止めてはいけないと考えています、

2014年度タカタ財団助成研究

「歩行している交通弱者の存在を認知することによって運転行動がどのように変化するか」概要

【研究代表者】
筑波大学 医学医療系 教授
徳田克己

 道路交通法には、交通弱者がいる場合にドライバーは一時停止や徐行をして、その通行を妨げないようにすることと定められている。これまで、ドライバーが交通弱者に気づいた時にどのような運転行動をとるのか、交通弱者の保護についてどのような認識をもっているか、交通弱者はいかなるニーズをもっているかを明らかにした研究はない。

 本報告書では、これらの点を明らかにするために実施した調査と実験の結果をまとめた。自動車運転者対象の調査(2章)では、視覚障害者とすれ違う際に速度をかなり落とすか停まる者が87%、間隔をかなり空ける者が61%であった、幼児連れの親子については、速度をかなり落とすか停まるとした者は69%であったが、間隔をかなり空ける者は48%であった。車いす使用者については速度をかなり落とすか停まる者が65%、間隔をかなり空ける者が55%であった。実験(5章および6章)においても、視覚障害者とすれ違う際にドライバーが速度をかなり落とし、大きく迂回して避けている様子が観察された。また、視覚障害者とすれ違い際には一時停止する車両もあった。一方、交通弱者への調査(3章)からは、視覚障害者がすれ違う際の速度と間隔に配慮してほしいが、一時停止や近くで警笛を鳴らすことは止めてほしいと思っていることが明らかになった。また、車いす使用者やADHDの子どもをもつ母親も、速度を落とすだけでなく間隔を大きく空けることを望んでいることが明らかになった。

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