研究助成プログラム

助成研究者インタビュー

オランダに学びながら日本独自の安全な自転車交通の在り方を探っています。

タカタ財団・2013年度研究助成の対象テーマ
「自動車と自転車の共存を目指した新しい都市交通システムの構築」
この研究の概要について、神戸大学大学院 海事科学研究科
松本秀暢 准教授 に語っていただきました。

A

自転車先進国の“安全”に刺激されて研究をスタート

―先生は京都大学経済学部のご出身ですが、どのような経緯で自転車に関わる交通安全問題の研究に取り組まれるようになったのでしょうか?

私は大学では主に交通経済学や都市経済学を学び、大学院以降は国際輸送の問題を中心に研究してきているので、“交通”とは決して無縁ではありません。しかし、こと“安全”に関しては、まったくの門外漢でした。
 その私が、何故自転車に関わる交通安全の研究を始めたかというと、2007年~2008年にオランダのアムステルダム大学で研究生活を送ったことがきっかけとなっています。
 当時、私は日々の暮らしの中で、オランダでは自転車が当たり前のように主要な交通手段となっている現実を目の当たりにし、かなりの戸惑いを覚えました。そして、自転車利用率が高い地方自治体ほど自転車利用者が交通事故で負傷する危険性が低いと
いう傾向があるという事実を知るに至っては、カルチャーショックに近い驚きを持ちました。事実上クルマ中心の交通社会である日本とは全く異なる状況が、そこにはあったのです。
 やがて私はオランダでの研究生活を離れることになりますが、帰国してからも、オランダで見聞きした自転車事情が、もしかしたら日本の交通社会における自転車の快適かつ安全な利用方法の参考になるかも知れないと考えるようになり、何時か機会があれば詳しく研究してみたいという想いを持ちはじめることとなりました。
 そんな折も折、私はタカタ財団の研究助成プログラムの助成対象に「歩行者及び自転車乗員の事故防止のための調査・研究」があることを知ります。それで、試しに頭の中で温めてきた今回のテーマで応募してみたところ幸いにも採択されることに。
自転車に関わる交通安全の問題の研究は、ですから、これを契機として本格的に取り組むことになったというわけです。

―事実上クルマ中心の交通社会である日本における自転車事情は、オランダと比べて弱い部分があり、それを何とかしたいという思いが研究に繋がったと捉えてよいのでしょうか?

 はい、そういうことになります。
 現在、日本では交通事故の約二割が自転車関連交通事故となっています。こうしたことを受けて、例えば自転車道の整備が進められていますが、それもまだ延長距離がわずかな上に、安全性、利便性、迅速性、快適性ともに不十分な状態といわざるを得ません。
 今後、二酸化炭素の排出量削減に向けて、自転車利用の必要性がより高まることが必至であることを考えれば、こうした事態の改善は急務といえます。私は今回の研究においては、オランダの事例の検証を行うことで改善のためのヒントを掴み、そこから日本独自の交通事情に合わせた、理想的な都市交通システム=自転車交通システムの構築へ向けての提言を目指したいと考えているのです。

日本の安全な自転車交通のために、オランダの事例を調査・検証

―では、一年目の研究であるオランダの事例検証の概要についてお教えください。

 まず、高い自転車利用率の背景にとなっている要因について調査し、検証を加えました。明らかになった要因は地理・自然・文化等々の面で様々にありましたが、まとめると以下の五つに集約されました。

①オランダは地形が平坦で起伏が少なく、かつ年間を通して比較的温暖な上に降水量も少ない
②コンパクトにまとまったオランダの諸都市では、多くの移動が短距離である
③環境に負荷を与えない点が、環境意識の高い(国土の約四分の一が海抜〇m以下であり、地球温暖化による海面上昇に脅威を覚えていることから環境問題への意識が高い)オランダ人の思考に合致しており、さらに費用がかからず健康増進にも貢献する点がオランダ人の合理精神に合致している
④4歳頃の誕生日に自転車をプレゼントされるのが慣習になっているなど、深く社会に自転車の存在が浸透している
⑤オランダ人は、体格が大きく体力があるため中長距離走行を苦にせず、かつ多少の雨に濡れる走行を厭わない

 もちろん、これら五つの要因に加え、国や地方自治体による強力な自転車利用促進政策と自動車利用抑制政策が自転車利用を押し上げているということは、いうまでもありません。

サイクル・ボックス

―それぞれ興味深い内容ですが、これらをそのまま日本に援用するというのは、なかなか難しそうです。

 その通りです。これら五つの要因は、ほぼ日本の事情とは対極にあるものばかりといえます。従いまして、日本における自転車利用促進のためには、やはり国や地方自治体による自転車交通政策が先ずもって大切なものになってくるだろうと考えられます。

―なるほど。では、先ほど冒頭で述べられた、自転車利用率が高い地方自治体ほど自転車利用者が交通事故で負傷する危険性が低いという傾向についての調査・検証結果はいかがだったのでしょうか?

これについては、自転車利用が多い地方自治体では自転車利用の少ない地方自治体と比較して、自転車利用者が交通事故で負傷する危険性が平均して三五%も低い結果となっていることがわかりました。
 さらに、経年的な比較によっても、自転車利用の増加が必然的に交通事故の増加を意味しないことが明らかとなっています。通常、走行距離の増加に伴い、自転車と自動車の間の交通事故は増加するはずですが、例えば、一九八〇年と比較して、二〇〇五年における自転車と自動車の年間走行距離は各々四五%、三九%も増加したものの、年間交通事故死亡者数は各々五八%、五九%減少しており、自転車利用者の安全性が大幅に向上した結果となっています。

自転車と自動車の走行距離と交通事故死亡者数の推移

その要因は、世に様々に論じられているわけですが、私なりに要約すると以下の四つに絞られるように思えました。
❶ 自転車利用が増加すれば、道路上で自転車利用者が多数占めるとともに、多くの交通参加者が自転車利用を経験する結果、全ての交通参加者の行動を改めさせる
❷ 自転車利用が増加すれば、自動車利用の減少をもたらす結果、自動車との交通事故の可能性は低下する
❸ ほぼ全ての自動車運転者は自転車利用者でもあるため、自動車運転者は自転車利用者の行動を熟知している(オランダ市民の約六〇%は週に三回は自転車を利用し、市民の約八〇%は週に最低一回は自転車を利用している)
❹ 政策的な観点からは、自転車利用が増加すれば、自転車政策が強化される結果、自転車関連社会資本への投資が増加し、安全な自転車走行空間が促進される

―これら四つの要因については、先ほどの自転車利用率が高い五つの要因とは違い、日本においてもある程度は援用できそうな感じがあります。

 実は、二年目の研究においては、これら要因の日本における効果について多角的に調べています。
例えば、日本における自転車利用率、自転車保有台数(自転車普及率)、自転車道延長、および自転車関連交通事故死傷者数を詳細に調査した上で、自転車関連交通事故死傷者数と自転車利用率の相関関係について、包括的な検証に取り組んでいます。
 いずれも、まだはっきりとした結論は出ていませんが、概ねのところをいえば、日本においては、北西ヨーロッパ自転車先進国とは異なり、自転車利用率が高い都道府県や都市ほど、自転車関連交通事故死傷者数が多いという傾向が明らかになりつつあります。北西ヨーロッパ自転車先進国との相違の背景には、自転車走行に適した自然条件、そして国や地方自治体による自転車交通政策があると判断できます。

都道府県

環境・安全面で優れたクルマと自転車が共存できる交通政策を

―将来的に、この研究はどのように進展していくことになるのでしょうか?

 先ほどの、自転車利用率が高い地方自治体ほど自転車利用者が交通事故で負傷する危険性が低い要因の日本における援用性を明らかにしていく一方、自転車交通政策の費用対便益の調査・検証や、子どもへの環境教育・安全教育効果といったものの調査・検証も進めていく予定です。そして、その中で、国や地方自治体による自転車交通政策をどのようにすべきかの提言を行っていくつもりでいます。まだ具体的に語れるものはありませんが、それらはオランダなどの自転車先進国の事例に学びながらも、日本独自の内容になるであろうと考えています。

―日本独自、そのイメージだけでもお聞かせください。

 自転車が環境にも安全にもいい交通手段であるからといって、高度に出来上がっているクルマ中心の交通社会を、オランダのように強力な自転車利用促進政策と自動車利用抑制政策をもってして激変させるというのは容易なことではありません。そもそも日本は自動車産業が経済を支えている側面があり、経済学的に見ても、それは現実的ではないということができます。そうであれば、やはり今回テーマとした日本ならではの自動車と自転車の共存の方向の中でベストな方法を見出すことが、現段階では最も適しているのではないかと考えるのです。幸い日本の自動車は環境性能面でも安全性能面でも世界トップレベルにあります。そのことを力としつつ相応な交通政策を施していけば、クルマが多く走る中においても自転車がより快適・安全に走ることができる都市交通システムは間違いなく確立できるはずです。私はそのことを信じて、今後もこの研究を積極的に押し進めていくつもりでいます。

2013年度タカタ財団助成研究

「自動車と自転車の共存を目指した新しい都市交通システムの構築」概要

【研究代表者】
神戸大学大学院 海事科学研究科 准教授
松本秀暢

現在、我が国では交通事故の約 2 割を自転車関連交通事故が占め、特に自転車対歩行者の交通事故件数が急増し、大きな社会問題となっている。今後、運輸部門からの二酸化炭素排出量削減に向けて、自動車に代わる主要な交通手段の 1 つとして、自転車利用に対する必要性が高まることは必至である。
 通常、自動車対自転車の交通事故件数は走行距離の増大に伴って増加するはずであるが、自転車先進国であるオランダでは、1980年以降、自動車および自転車ともに年間走行距離が大幅に増大したにもかかわらず、両者とも年間交通事故死亡者数は約半減した。国家間の比較によっても、自転車利用の増加が必然的に交通事故の増加を意味しないことは実証的に証明されており、すなわち、自転車利用者が交通事故にあう危険性は、オランダやデンマークをはじめとした自転車利用の多い国ほど低い。
以上のような背景を踏まえた上で、本研究の最終目的は、先行する北西ヨーロッパ自転車先進国における事例の検証を通して、我が国において、いかに自転車関連交通事故を低減させるかについて取り組むことである。特に、自動車対自転車の交通事故に焦点を当て、低炭素社会の実現に向けて、今後一層増加すると予想される自転車利用に対応するために、どのような自転車交通安全政策を実施し、いかに自動車と自転車の共存を図りながら、環境にやさしい新しい都市交通システムを構築すべきかについて、社会科学を基調とした学際的アプローチから提言を行うことである。

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