交通安全コラム

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地上最高速の争い(16)―蒸気自動車と結婚した男(5)―

前回は、セルポレのレースでの成功で追い込まれての偉大な勝利を紹介した。
今回は、その走行の彼のコメントと記録奪還へのガソリン車の執念を紹介する。

◆銃から発射された物体
セルポレは1902年4月13日“イースターの卵”と呼ばれる蒸気車で、電気自動車の記録を時速10マイル近くも高める75.06マイル(120.77キロ)の世界記録を達成した。
この走行について、セルポレ自身のコメントを紹介しよう。「グランドスタンドも、観衆も、コースに並んだ人達も何も目に入らなかった。計測区間に入り、補助ポンプを動かした時、自身が銃から発射された物体になったような恐怖が襲ってくるのを感じた。圧力計を見ると(1平方インチ当たり)750ポンド(約50気圧)を示していた。進路に目をやり2回方向を修正したと思ったらフィニッシュラインを通過していた。減速のためにコースが1キロ用意されていたのは有難かった。」

◆ガソリン車の執念
このイベントで、セルポレはふたたびロスチャイルド杯を獲得した。それは、新記録を樹立したことに対してではなく、あくまでも規定による受賞だった。トロフィーを蒸気車に奪われたロスチャイルド男爵は、8日後に、セルポレの記録に挑戦する競技会を催すことにした。

◆メルセデスの挑戦
当日は雨で競技会自体は中止となったが、男爵は、フランス自動車クラブの公式計時員を呼んでいたので、友人にメルセデス車で1キロ区間の速度に挑戦させることにした。記録は時速67.78マイルに止まり、セルポレの記録には及ばなかったが、ガソリン車としては、これまでにない速さだった。午後になって雨が上がったので、コースを移して、他のガソリン車も加えて記録会を催した。ここでは友人のメルセデス車が勝ったが、記録は時速69.04マイルで、依然としてセルポレの記録には手が届かなかった。

◆フランス製ガソリン車がタイ記録
7月になってガソリン車が再び攻撃をかけた。いつも優勝するほどではないが、腕の良いドライバーであるベルギーの男爵ピエール・カテールが、フランスに奪われたベルギー人ジェナッイーの記録を取り戻すために挑戦した。フランス製のガソリン車、モール(図)で、ベルギーの運河沿いのコースを3回走行し、時速75.06マイルのセルポレと全く同一のタイムを出した。しかし、ガソリンは、依然として蒸気を追い越すまでには至らなかった。

モール車(1901)

今回は、記録樹立の走行のコメントと記録奪還のためのガソリン車の執念を紹介した。
次回は、ガソリン車の激しい攻勢とセルポレの蒸気車での対応を見ていく。

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