交通安全コラム

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地上最高速の争い(11)―速度記録の歴史概観(2)―

前回は、速度記録の定義を紹介し、第一次大戦までの記録の変遷を概観した。
今回は、第一次大戦以降、現在までの速度記録の推移をたどってみる。

◆非公認記録と航空用エンジン
1910年から1925年の間の記録の上下は、米国人による非公認記録が含まれているためである(図1)。その後の急上昇は、第一次大戦で使われた航空機用エンジンが利用できたためである。続く上昇は、レース用車両に替えて、記録挑戦専用車両が開発され、さらにエンジンを2台搭載することが一般化するためで、1939年の時速369.7マイルの記録を最後に、第二次大戦のため挑戦は中断する。このクルマは、終戦直後に更に記録を伸ばすが、時速400マイルにわずかに届かず、挑戦は長い空白期に入る。

1 速度記録の推移(再掲)

◆ジェットエンジン
次の記録更新は、前述のジェット推進三輪車(△)であった。続いて車輪駆動の英国車両も、苦闘の末時速400マイルをわずかに超えるが、エンジンはガスタービン(○)である。以降、一つの例外を除き、すべて軍放出のジェットエンジンが使われ、記録は時速600マイルまで急上昇する。しかし、この勢いも1970年頃から衰え、ふたたび空白期に入る。このジェット時代は米国の独壇場であったが、1983年に英国が久々に記録を奪還している。

◆音速突破
その後、英国の栄冠を確保するため、音速突破の野心的な計画が進められた。第二世代の高出力アフターバーナー付きジェットエンジンを2基搭載した、超音速空気力学適用の革新的な車両の開発である。それが、20世紀末に音速を突破して見事目標を達成し、記録を大幅に伸ばした。この記録は現在まで破られていない。

◆車輪駆動の限界
車輪駆動車両は、1964年に時速400マイルをわずかに超えたが、ジェット推進の記録には及ばなかった。この出力4250馬力の大型重量車(図2)は、四輪駆動でありながら車輪の空転に悩まされ、もはや車輪駆動は限界かと思われた。
ところが、翌年、若い米国人兄弟開発の、自動車用エンジン4基を縦に搭載した2400馬力のスリムな軽量車両(図3)が、差はわずかながら記録を更新する。このクルマの記録達成費用は、英国の大型車両のわずか1/40の25万ドルと言われ、発想の転換で小よく大を制した快挙である。
その後、車輪駆動にも長い空白期があったが、2001年に、ヘリコプター用のガスタービンを搭載の同様なスリムな車両が、時速458.44マイルと記録を大幅に更新して現在に至っている。

ドナルド・キャンベルの“ブルーバードC.N.7”号
サマーズ兄弟の“ゴールデンロッド”号

今回は、第一次大戦後から現在までの記録の変遷を概観した。
次回からは、電気に次ぐ蒸気自動車の挑戦から速度記録の展開を詳しくみていこう。

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