交通安全コラム

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地上最高速の争い(3)―激しいシーソーゲーム―

前回は、地上最高速の記録を競うことになる、二人の先駆者を取り巻く状況を紹介した。
今回は、いよいよ、その一連の記録争いの経過を紹介しよう。

◆対決の第1ラウンド
両雄の対決の第1ラウンドは、翌1899年1月17日に、伯爵が記録を作ったパリ郊外の直線路で行われた。まず、挑戦者のジェナツィーが自ら設計・製作したクルマでスタートした。彼は、初めの1キロ地点を通過した時、明らかに速く走っていることを実感したが、次の2キロ地点を過ぎて記録を破れる自信を深めた。

◆挑戦者が新記録
計時員がストップウォッチを持ち寄り確認した結果、第2区間の1キロを54秒で通過しており、時速41.42マイルで、伯爵の記録39.24マイルを破る新記録だった。
伯爵はこれを知ると、ベルギー人から記録を奪回するために、前回記録を作ったクルマを引き出した。

◆伯爵の報復
スタートは順調だったが、2キロ地点の200メートル手前でクルマは青い閃光を発し、焦げ臭いにおいをあたりに振りまいてしまった。モーターが焼損したのだ。この臭いを嗅いでジェナツィーは、内心しめたと思ったに違いない。しかし、クルマは第2区間を51.2秒で通過しており、時速43.69マイルで伯爵が記録を奪還していた。電気自動車は、1回の走行で電池が消耗してしまうので、ベルギー人はそのまま引き下がるほかはなかった。

◆第2ラウンド
しかし、ジェナツィーはベルギーには帰らず、モーターをより強力なものに交換した。
伯爵も、フランスでベルギー人には負けられないと、やはりモーターを改良していた。両者の再度の直接対決は10日後に行われた。

◆伯爵の敗退
再び挑戦者ジェナツィーが先に走り、時速49.92マイルの新記録を出し、伯爵から記録を奪い返した。伯爵は、記録再奪回に満を持してクルマを走らせたが、モーターが高速の負荷に耐えきれず、今回は早期に焼損して、記録達成はならなかった。引き下がったのは伯爵で、第2ラウンドはベルギー人が勝利者として留まることになった。

◆伯爵の執念
伯爵は、時間がかかっても勝利者になる強固な決心で、電気系と車体形状の改善を行い(図)、3月に単独で記録に挑み、時速57.60マイル(92.7キロ)で、再びベルギー人から記録を奪い返した。
ジェナツィーは追い込まれた。彼を悩ませたのは、時速100キロの壁は革新的なクルマでなければ破ることはできないだろう、という当時の関係者の共通認識であった。

伯爵のジャントー製電気自動車 

今回は、二人の地上最高速記録挑戦者のシーソーゲームの経過を紹介した。
次回は、挑戦者の対策とその結果を紹介する。

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