交通安全コラム

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ガソリン自動車第一号(5)―ダイムラーのエンジンと車体技術―

前回は、ダイムラーがガソリン自動車を開発するまでの経緯を紹介した。
今回は、ダイムラーのエンジンと車体の技術を解説する。

◆ダイムラーのエンジン技術
汎用性と小型軽量化を念頭に置いたダイムラーの設計は、それまでのエンジンと大きく異なっている。シリンダーは直立で、はずみ車は小さく、排気弁はカムで駆動されている(図1)。熱管式の点火装置は、電気式のベンツのエンジンより遅れており、吸気弁は負圧による自動開閉式ではあるが、全体のレイアウトは現在の自動車用エンジンに極めて近く、時代に先駆けた設計であると言える。

ダイムラーのエンジン

◆水に空に、海外に
1887年には、エンジンが4.5mのボートの推進力として時速11キロの性能を発揮し、主力商品となる。1888年には初の飛行船の動力にも使われ、路面鉄道にも応用された。1889年には、初めて馬車の部品を使わない自動車を開発し(図2)、パリ万博に出品し、エンジンの製造権をパナール・ルバソールとプジョーに売ることができた。

1889年にパリ万博に出品したダイムラーの鋼製車輪車

◆端正な車体設計
このクルマは、鋼鉄製の車輪がバネで支持されず車体に固定されていて、シートにバネが付くなど、全体に自転車の影響を受けている。しかし、V型2気筒の1.65馬力エンジンを載せ、円錐式摩擦クラッチと歯車式4段変速の駆動系(図3)と、左右前輪が個別に向きを変える操舵機構を持った端正な設計であった。
ベンツが開発したビクトリアは、このクルマの影響が大きいと考えられ、ライバル同士互いに進歩を促しあった。

鋼製車輪車の駆動系図面

◆自動車技術の牽引役
ベンツは、母校カールスルーエ大学から名誉博士号を授与され、1929年84歳で天寿を全うするが、ダイムラーは、惜しくも1900年に65歳で世を去る。この二人の興した自動車会社は、曲折はあるが、その後、世界の自動車技術の牽引役となる大きな発展を遂げて、このエッセイに何度も登場することになる。

◆自動車レースの開催
ベンツとダイムラーの努力でガソリン自動車が開発されると、その後まもなく自動車レースが開催されることになる。しかし、その舞台は誕生の国であるドイツではなく、フランスだった。ドイツでは自動車に対する人々の偏見が根強く、経済面からも自動車を保有する人がすくなかった。一方、産業革命の推進役の英国は、馬車輸送業者が政治力を発揮した後遺症で、この国もまた、自動車には好意的ではなかった。

今回は、ダイムラーのエンジン技術と、馬車の部品を使わない初めての自動車を紹介した。
次回は、世界初の自動車レースの企画と応募状況を説明する。

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