交通安全コラム

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自動車誕生前史(6)―英国での蒸気自動車の発展―

前回は、キュニョーの蒸気車に続く、英国での蒸気車の開発の初期の状況を解説した。
今回は、その後の英国での蒸気自動車の発展を紹介する。

◆マードックの模型が隣人を感化
マードックが、エンジンとボイラーを小さくするために高圧蒸気を使うことにも、低圧蒸気に固執するジェームズ・ワットの反発があり、彼は開発を断念する。そこで、リチャード・トレビシックが登場する。幼い時から鉱山の蒸気機関やポンプを見て育った彼は、以前からマードックの仕事に関心を持っていたが、マードックの模型の走行を見て、大きな影響を受けた可能性がある。

◆悪童トレビシック
マードックの息子が「1794年にトレビシックを家に招待した時、彼がクルマを見せて欲しいと言ったので、動かして見せた、と父が話していた」と語っている。幼い時のトレビシックについては、甘やかされた頑固な愚図で、言うことを聞かず、ぼんやりしていて、学校をしばしばサボった、という記録を、教師の一人が残していると伝えられるが、のちに、彼は蒸気機関車も開発し、鉄道の発展に貢献している。

◆試作蒸気車に友人を乗せる
1801年にトレビシックは蒸気車を試作する(図1)。効率を高めるため火室を取り囲む設計のボイラーと単気筒のエンジンを持ち、重量は全装備で1520kg、速度は時速14.5kmと言われている。クリスマス・イブに友人を乗せてロンドン郊外を初走行したあと、食事中にボイラーが空焚きとなってクルマは全焼した、と伝えられている。

トレビシックのロンドン・タクシー

◆ロンドン・タクシー 
1803年に、彼はさらに改良したクルマを製作し、今度は無事にロンドン市内で走行を繰返して注目を集めた。このクルマは、乗合馬車の代りに使うことが提案されたので、ロンドン・タクシーと呼ばれることもある。しかし、馬車より費用がかかるため、投資家の関心を呼び起こせずお蔵入りとなった。復元されたロンドン・タクシーが、石炭を炊いてゆっくりだが威風堂々と走る様子を、英国の自動車のフェスティバルで写真に撮ることができた(図2)。

走行するトレビシックのロンドン・タクシー(レプリカ)

◆これぞ蒸気エンジン
1822年に、或る英国人が、トレビシックの蒸気車に「美しく単純化された部品、適切な形状の賢明な選択、効率的で扱いやすい配置、優雅さと強さの融合、必要十分な堅牢さ、あらゆる抵抗に対処できる驚くべき柔軟性を持った限りない出力、これぞ“蒸気エンジン”だ」との賛辞を呈している。

今回は、マードックの模型で影響を受けたトレビシックによる蒸気車開発を紹介した。
次回は、米国での蒸気自動車の開発を紹介する。

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