交通安全コラム

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自動車誕生前史(5)―英国での蒸気車第一号―

前回は、世界初のキュニョーの蒸気車の操舵機構と走行性能を解説した。
今回は、英国では、何時、どのようにして蒸気車の開発が始まったのかを調べてみる。

◆ジェイムズ・ワット蒸気車に反対
フランスでは、キュニョーの跡を継ぐものがなく、次に蒸気車の製作を試みたのは、英国で、ワットの協力者のウイリアム・マードックであった。彼は、ピストンの往復運動を回転運動に変換する機構や蒸気弁の構造で、ワットのエンジンの熟成に貢献していた。しかし、彼の移動機械製作への熱意にブレーキを掛けたのは、他ならぬワットその人であった。

◆将来性はない
「マードックの提案する図面は、これまで、あなたが考えたこともないような、蒸気機関で道路を走る機械であり、彼は、大きな利益を生み出せる、とその成功に自信を持っている」との同僚からの手紙に対し、ワットの返事は、「そんなアイデアには将来性はない。彼の仕事を疎かにしてもらっては困るので、止めさせるように説得する」というものであった。

◆英国での人工動力車第一号
しかし、その時すでに、マードックは動く模型を完成していた。1784年に、その模型を、彼が居間で走らせるのを目撃した人の証言が残されている(図1)。これは、人工動力だけで車両が走行した英国での初めての記録で、フランスのキュニョーに遅れること、15年ほどである。

マードックの蒸気車の模型

◆新しい工夫
このクルマは、高さが約30センチの三輪車で、アルコールランプで加熱するボイラーとエンジンは、左右の大きな後輪の間に置かれており、小さな前輪をレバーで転舵する構造である。このクルマには、ボイラーに安全弁が付けられ、放熱損失を減らすため、シリンダーの一部をボイラー内部に貫入させるなど、いくつかの新しい工夫が見られる(図2)。

マードックの模型蒸気車の構造

◆マードックの悪魔
マードックは実験を続け、1786年8月までに、もう1台の模型が製作されているが、実物大のクルマが作られたと主張する人もいる。以下のような言い伝えもある。「ある晩、クルマを道路で走らせることにしたが、速く走るので彼は置き去りにされてしまった。たまたま通りかかったその土地の牧師は、煙を吐き、下で赤い火をちょろちょろさせて動く黒い物体を見て、悪魔だと勘違いして震え上がった」。このような出来事は、あったとしても模型であろうと考えられている。

今回は、キュニョーの蒸気車に続く、英国での蒸気車の開発の初期の状況を解説した。
次回は、その後の英国での蒸気自動車の発展を紹介する。

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