交通安全コラム

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地上最高速の争い(32)―T型フォードの誕生(1)―

前回は、悪化した走行環境下の本番走行でのフォードの苦闘と新記録樹立を紹介した。
今回は、その成功による、アメリカを自動車社会に導いたT型フォードの誕生を紹介する。

◆生涯忘れ得ぬ恐怖
悪夢のような試練を乗り越えて、フォードは、時速90マイルを超える記録を作った最初の人となった。
また、999号は、アメリカ最初の記録に挑戦するために作られたクルマであり、この初めてのアメリカ車によって記録が破られた。
しかし、亡くなる少し前に、フォードは、「あの氷上走行の恐怖は生涯忘れる事ができない」と語った、と伝えられている
(図1)。

フォード博物館に展示されている999号

◆B型フォードの成功
フォードの新記録樹立のニュースは、ニューヨークからサンフランシスコまで、全米の新聞の一面を飾った。
約1週間後にニューヨーク自動車ショーの開幕を控えてのこの快挙は、会社の全資産を傾けて開発したB型フォードを市場での成功に導いた。
フォード・モーター・カンパニーの名声は確立し、多量の流動資金によって、フォードは資金提供者たちを会社から遠ざけることができ、実質的な経営権を、初めて彼自身のものとすることができた。

◆記録は非公認
一方、この記録は、計時方法が承認されたものでなかったという理由で、世界記録を認定するフランス自動車クラブからは公認されなかった。さらに、2週間後に、同じ米国人のウイリアム・バンダービルトが、90馬力のメルセデス車で時速92.30マイルと記録を更新したので、フォードが命懸けで獲得した記録はごく短期間しかもたなかった。しかし、これが自動車の歴史に与えた影響は絶大なものであった。

◆T型フォードの誕生
農家に育ち、作業のための移動の難儀を知って、多くの人が買える値段で、運転し易く、どんな用途にも使えるタフな自動車を造る、という夢をいだいていたフォードは、経営権が獲得できたので、今や、その夢の実現に踏み出した(図2)。

フォードの宿願のクルマ、T型フォード

そのクルマこそ、約20年間で1500万台販売して(図3)、米国のモータリゼーションの推進役を果たし、
カー・オブ・ザ・センチュリーの名誉を獲得したT型フォードである。

フォード博物館に展示されている1500万台目のT型フォード

今回は、フォードの命懸けの速度記録挑戦の成功が、フォードに庶民の足となるT型フォードの生産を可能にさせ、自動車の発展の大きな推進力となったことを確認した。
次回は、部品の互換性とコンベヤーラインを導入した、T型フォード車の企画と生産技術について解説する。

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